021 風紀委員会
風紀委員を名乗る彼女らは、僕が超能力者かどうかを確認したくてここに呼び寄せたらしい。ラブレターもどきという姑息な手を使って。
超能力者。
そう呼ばれる存在が世に認知され始めたのはそう昔の事ではない。確かに僕が生まれる前ではあるが、それでもここ40年というところだろう。それよりも昔にもいたのだろうが、近年になってその存在が正式に確認され、公的なものとなった。地域に伝わる伝承の中には科学では説明のつかない自称が数多く存在する。今となってはそれらは全て超能力によるものだったのではないかと推測されている。超能力者と呼ばれる人々は年々確認される数が増え、今では全人口の約0.1%がそうなのではないかと言われている。これも人類の進化の過程であり、将来的には彼らが地球上の支配権を掌握するのではないかと力説する学者もいる。
そんな時代背景から、近年では超能力者排他の動きが高まりつつある。異端と呼ばれる存在はどの時代でも迫害を受ける。超能力者もその例に漏れない。その迫害も個人レベルのものではなく、世間・政府レベルの差別であるためにこの問題の根は深い。
この情勢に反発した超能力者達が大規模なクーデターを起こしたことが数年前にある。日本で起きた事件であったが、世界へと与えたインパクトは大きい。政府によって鎮圧されはしたが、これを機に世界各地で小規模な紛争等が頻発するようにもなった。
言わずもがなだが、この超能力者の登場が世界的治安の悪化の主な原因である。いつどこで再びクーデターが起きてもおかしくない、そんな状況下であるのだ。
と、ここまで僕の知り得る限りの超能力者に関する情報を並べたが、肝心の僕は超能力者ではない。
炎を操る能力とか、重力を操る能力とか昔から憧れてはいたが、残念ながら僕にその手の才能は無かった。
世界人口の0.1%が超能力者だと言えど、僕の知り合いに超能力者が多い訳ではない。せいぜいメロディーライン11班の高坂班長と13班の飛鳥班長くらいのものだ。超能力者達の多くは迫害を避けるために、自らが超能力者であるということは伏せておく場合が多い。それが無ければもっと僕の周りに超能力者がいてもいいというほどの数の超能力者が、世界には存在している。
話が逸れてしまったが、要するに僕は超能力者ではないということである。
つまり風紀委員達の質問は的を射ていない。
「僕は超能力者ではないですよ」
僕がそう言うと、四角眼鏡女が他のメンバーへと素早くアイコンタクトを送った。
「そうか」
四角眼鏡女がそう呟くと、周りにいた男子生徒達がゆらりと僕を囲むように移動し始めた。
「……そういえば自己紹介がまだだったわね。私は風紀委員二年の渥美恭子。私達風紀委員の規約に従い、貴方に賢者の鉄槌を下します。覚悟して下さい」
彼女らの纏う雰囲気が変わる。
な、なんだこの急展開!?
僕の正面には四角眼鏡女こと渥美恭子。その後ろにもう一人の女子生徒。そして僕を囲うように四人の男子生徒が配置されている。逃げ場はない。
だがなんだこの状況は。
超能力者かどうか尋ねられて、違うと言ったら暴力展開。
なんだその自分の思い通りにならなかったから暴力みたいな思春期並みの発想力は!?
もうちょい大人になれよ!
「賢者の鉄槌ってなんだ?」
一応暴力的行為かどうか確認しておく。
「私達に反抗しようという気が起きないように、ここで貴方の身体に私達の力をしっかりと教えてあげます」
はい、つまり暴力的行為ですね。
わかりましたよ。
でも質問くらいはさせてよね?
「なんで、僕がお前達から鉄槌とやらを下されなきゃいけないんだ? 僕が何かしたのか?」
「貴方はまだ何もしてませんよ。ただこれから先も何もしないようにここで一つお灸を据えておこうというだけの話です」
渥美はさも当たり前かのようにそう告げる。
凄い警戒心!
まさに石橋も叩いて渡るって感じだ!
でも褒めてないよ!
「……そんな理由で暴力振るうのが正しいと思ってるのか? それは賢者の鉄槌なんかじゃないだろう」
「『貴方方』になんと思われようと関係ありません。私達には私達の考えがあるんです。だから――」
渥美は制服のポケットにサッと手を突っ込み、中から数々の文房具を取り出した。鉛筆・三角定規・分度器・ボールペン・コンパス等々。それらを両手いっぱいに構えて僕を睨む。
「――どうか抵抗しないで下さいね!」
渥美の瞳がヒステリーを起こしていた時と同じ狂気に染まる。周りの男子生徒達もやる気十分といった感じ。こりゃあやばいかな。
ガチャン、と勢いよく屋上唯一の扉が開け放たれた。
現れたのは、燃えるように真っ赤な髪のポニーテールが象徴的な気の強そうな女子生徒と、その後ろについてきた黒い髪に映えるオレンジ色のリボンと白い肌に溶け込むように巻かれた左手の包帯が特徴的な女子生徒だった。
さっきまで僕と一緒にいた奴ら。
秋宮と片桐だ。
秋宮はサッと僕ら全体を見渡すと、迷いのない足取りで僕の方へと歩み寄ってきた。対して片桐は扉の所から体半分だけ出してこちらの様子を窺っている。
「……秋宮、どうしてここに?」
「転校生のあんた宛の手紙ってのがどうしても気になってね。もしかしたらこんな事なんじゃないかと思って、あんたの後を追うことにしたのさ」
秋宮はイライラした様子で風紀委員の面々を睨む。
「やっぱりあんたも風紀委員だったんだね」
秋宮が渥美の後ろに隠れた女子生徒を睨むと、彼女はヒッと言って身を縮こませた。
なるほど。
秋宮が手紙を受け取ったって言う女子生徒は彼女か。
「榛葉、まだ何もされてないんだよね?」
「あ、ああ。とりあえず偽ラブレターのせいで心はズタズタだが、身体的には大丈夫だ」
「偽ラブレターって、それはあんたが勝手に勘違いしただけだろ。あたいは違うって言ったはずだけど」
秋宮は呆れたように言う。
そうでしたね。
秋宮は、文房具と言う名の凶器を構えた渥美から僕を守るように位置どった。
「榛葉、さっさとここから逃げな。後はあたいに任せて」
僕は彼女の背後にいることになってしまうわけで、そう言った彼女の表情を見ることは出来ない。彼女はどんな心境で僕にそう告げたのだろう。僕はそれを知ることは出来ない。
だが。
なんとイケメンなセリフなんだろうか。
秋宮が男で僕が女だったら確実に惚れているところだ。
「……って馬鹿か。女置いて逃げる男がいるかよ。僕だってここに残る。むしろ秋宮も片桐も逃げてくれ。二人を巻き込みたくない」
本当は一人で怖いけど。
「話が通じないね。あんたがいると邪魔だって言ってんのさ。あたい一人の方が闘りやすい」
秋宮は譲らない。
そうは言っても秋宮は女子だ。頑張ったところで風紀委員の男子生徒を四人もどうこう出来るはずがない。
ここは彼女に折れてもらうしか。
「あんた状況わかってる? 相手は風紀委員なんだよ?」
「わかってるよ。いや風紀委員が何者なのかはわかってないけど、なんとなく状況はわかってるよ。ただなんで僕がこの状況に陥ってしまったのかはまったく理解できてないけどな」
あのヒステリー系四角眼鏡女子がちゃんと説明してくれてないからな。
「超能力者かどうか尋ねられただろ?」
おお、なんで知ってるんだ?
渥美達の所業は有名だってことか?
ならなんで『賢者の鉄槌』なんて真似、誰も止めない?
「奴ら風紀委員は、世間から疎まれている超能力者達の学園内の自衛組織みたいなもんさ。この学園中のほとんどの超能力者達は風紀委員の所属し、あたいらみたいな無能力者に対して一方的な支配を強いているってわけさ」
秋宮の拳に力が籠る。
「超能力者ばかりの風紀委員はこの学園内じゃ敵無しさ。誰も奴らに逆らえやしない。だからこんな真似が平気で横行してるってわけ。新一年生も転校生も、まず風紀委員の『審判』を受け、超能力者なら風紀委員に所属、無能力者なら暴力によって支配対象にしちまうって寸法さ」
なるほど。
詳しい説明ありがとう、秋宮。
これで状況がやっとわかった。
「つまり僕らは今、やっぱりピンチなわけだ」
「そうなる」
しかも。
「今目の前にいるこいつらは、全員超能力者だ。注意しろよ」
状況は絶望的だ。




