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榛葉昴の銀幕  作者: ペポ
第Ⅱ章 冬峰学園編入編
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019 ラブレター


 ホームルームと始業式が終わり帰り支度の為に教室に戻ってくると、僕の席へと片桐がやってきた。僕はとっさに逃げようかと思ったが、どうせこれから一年間は同じクラスで逃げられないのだということに思い至り、席に留まった。


「ばっ!」


 片桐は座ったままの僕の正面へと横から顔を出した。


「榛葉君っ! 今朝の話の続きなんだけど……」


 片桐がそんなことを言い出すので僕は人差し指を口元に当てて「しーっ」というジェスチャーで片桐を黙らせる。


「もういいよその話は。お前の勘違いだって」


「そんなことないですよ! あれは絶対貴方でした! 諦めてくださいっ! 認めてくださいっ! 私の日常に非日常というサプライズをくださいっ!」


 目をキラキラとさせてそう畳み掛けてくる片桐。


 なんだよ、さっきの自己紹介の時とはぜんぜんテンション違うじゃないか!


 猫被ってやがったのか!


「あなた何者なんですか!? 闇の組織と戦う戦士ですか!? 異世界からやってきた魔導士ですか!? 世界を守る神様の使徒なんですか!?」


 夢中になって質問攻めをしてくる片桐。片桐の顔がどんどんと僕のそれに近づいてくる。


 端正な片桐の可愛らしい顔が僕の視界を埋め尽くす。ハリのある白い肌がこんなにも近くに。香しい柑橘類のような香りが僕の鼻孔をくすぐる。そんな香りが僕の脳内を麻痺させ思考をかき乱す。なんだかとても変な気分になる。


 近い近い近い!


 僕は顔中が熱くなってくるのを実感した。


 か、片桐さん、何を――




「――何やってんの」


 夢中になって近付き過ぎていた片桐の頭をむんずと掴み僕から引き剥がしたのは、赤髪の女子生徒、秋宮だった。


 僕はハッと現実に帰る。


 「助かった」という気持ちが心の大部分を占める中、少しだけ残念だと思う自分がいることに気がついて嫌になった。


 秋宮に頭を掴まれたままの片桐も、自分の所業に思い至ったようで困惑していた。


「……あ、ごめんなさい」


 正気に戻ったらしい片桐が謝罪の言葉を口にした。


「もし私がインフルエンザだったらあなたに移してしまっていたわ」


 なんだその視点からの謝罪は!


 意識する所そこじゃないでしょ!


 僕だけドキドキして恥ずかしいな!


「姫奈、あんたもう少し自分が女の子だっていう自覚を持ちなよ……」


 秋宮は呆れたように言う。


 ん? 『姫奈』?


 気安そうに呼び捨てしているが、二人は仲がいいのだろうか?


「ああ、あたいと姫奈は小学校からの幼馴染なんだよ」


 そんな僕の疑問を察したかのように秋宮が教えてくれた。


 そうだったのか。


 僕の中のイメージではけっこう対極そうな性格しているだけに、意外だ。


「そうなの! 私に女の子だったらどうのとか言ってるくせに、雅だってぜんぜん男っ気がないんだから! せっかく美人なのに!」


「あたいはそういうのには興味ないんだよ」


「私だって、自分のピンチを颯爽と助けてくれるようなチート勇者にしかトキメかないもん!」


「現実にそんな奴いないよ」


「わかんないもん! 諦めたらそこで試合終了だもん!」


 なんてやり取りをする片桐と秋宮。そんな様子を微笑ましく見守る僕。


 本当に二人は仲がよさそうだ。


「そういや姫奈、あんたさっきから普通に榛葉と話してるけど、平気なのか?」


 秋宮の指摘に、片桐はハッという表情を浮かべる。


「あ、そういえばなんとなく大丈夫かも」


 僕は二人の会話の意図が掴めず困惑する。


 どういう意味なのだろう?


「なんとなくって……、自分の事なんだからもっとしっかりしなよ」


 呆れた様子の秋宮。


「えへへへ……。でも私の事なのに私よりもずっと気にかけてくれる雅は、やっぱり優しいね」


 片桐は秋宮ににこやかに笑いかける。


「幼馴染なら当然だ」


 そう秋宮が締めくくった。


 二人の会話の中身はよくわからなかったが、二人の仲がいいことはよくわかった。




「そういや榛葉、あんたに渡してくれって手紙を預かってるんだけど」


 そう言った秋宮は、制服のポケットから一通の手紙を取り出し僕へと差し出した。


 至ってシンプルなデザインの真っ白な手紙だった。差出人の名前もない。ただ「榛葉昴君へ」の文字が表に書かれているだけだ。


 このご時世に手紙とは、なんとも古風な。


「誰からの手紙か、心当たりあるのか? あんた今日転校してきたばかりだろう」

「心当たりは……ないな。秋宮は誰からこの手紙を預かったんだ?」


 僕は秋宮へと尋ねる。


「あれは確か、一組の女子だったな。持久走が得意だっていうんでわりと有名な奴さ。あたいも顔くらいは知ってる。名前は知らないけどな。そいつが、榛葉昴君にこの手紙を渡してほしいって言って、榛葉と同じ四組であるあたいにそれを預けてきたってわけさ」


 なるほど。


「で、榛葉はあの女子とどういう関係なんだ?」


 秋宮の質問に、なぜか瞳を爛々と輝かせている片桐。


「こ、これは、純愛モノが始まる予感ですね!」


 始まらねーよ。


 始まらないよね……?


 ……始まっちゃうの?


「そんな女子知らねーよ。秋宮が言った通り、僕は今日初めてこの学園に登校してきたんだ。まだ知り合いなんて一人もいないし、まして手紙を貰うようなことは、あるはずもない」


 と断言する。


 が、僕の中である一つの可能性が浮かんでいた。


 ま、まさかこの手紙、あの有名な空想上の産物、『ラブレター』なんじゃないだろうか。


 現実には実在しないとさえ言われている、『ラブレター』なんじゃないだろうか。


「もしかしてそれ、ラブレターなんじゃない?」


 僕の思考を察したかのように、そう興奮しながら告げてくるのは片桐。


 やっぱり!?


 片桐もそう思う!?


 これって絶対『ラブレター』だよね!?


「いや違うだろ」


 秋宮によって早々に打ち砕かれる希望。


 オーマイガッ!


「転校してきたばかりの榛葉に告白する奴なんているわけないだろ」


 「いるわけない」って!


 ひどいよ!


 一目惚れとかだってあるかもしれないじゃん!


 僕のガラス製のハートが、ピキピキと音を立てて砕かれる。


「そんなことないよっ! 転校初日からのラブレターなんて少女マンガっぽくていいじゃん! 絶対フラグだよっ!」


 片桐の言葉により、僕のハートが再生される。


 そ、そうだよね、希望を捨てちゃ駄目だよね!


「と、とりあえず中身を見てみよう!」


 僕は二人が見ている前で封筒をビリビリと破り、中の便箋を取り出した。中身も封筒同様簡素なもので、そこに書かれている文字も非常に飾り気のないものだった。



『榛葉昴君へ


  初めまして榛葉昴君。


  いきなりですが、私はどうしても貴方に話したいことがあるんです。


  ぜひ今日の放課後、屋上に来てくれませんか?


  待ってます。』



 と書いてあった。


「うーん……」


 これだけじゃなんとも言えない内容だ。


 「好き」とか書いてあるわけじゃないけど、文字とか内容的に書いているのはちゃんと女子だと思うんだよなー。


 てか今日の放課後って、今でしょ?


 行かなきゃ!


 だって、女子が待ってるんだ!


 理由はそれだけでいい!


 秋宮はなぜか止めたそうだったが片桐はイケイケな感じだったので、僕は彼女の勢いに乗じ足早に四階の屋上へと向かった。


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