001 兄と弟
やあ皆さん、初めまして。
僕の名前は榛葉昴と言います。
以下略。
……。
いやいや、ほんと申し訳ない。
ふざけてるわけじゃないんです。
本当なら初めましての挨拶がこんなに簡素じゃいけないとは思うんですが、今回に限ってはご容赦して頂きたい。
僕だって本当はもう少しちゃんとした自己紹介をしたい。
挨拶をしたい。
ですが今は緊急事態なんです。
挨拶どころじゃないんです。
聞いて下さい皆さん。
僕今、不良の方々に追われてるんですよ。
「待てコラー!」
「いい加減諦めんかい!」
片田舎の農道を爆走する二人の少年といい歳したお兄さん達。
少年達のほうは一人が銀色ツンツン頭、もう一人が黒髪黒眼鏡で二人の背丈は同じくらい。この歳の平均より少し低いくらいだろうか
いい歳したお兄さん達は約15人ほどで、全員時代遅れの改造学ランに身を包んでいる。髪型はアフロやモヒカンと様々。
……なんて第三者風に語ってはみたものの、まあその銀色ツンツン頭って方が、僕こと榛葉昴なんですよ。
え、この髪色が気になるって?
この頭は不良の証とかではなくてですね、なんか昔かかったやっかいな病気の副作用らしいんですよ。だから怖がらないでくださいね?
あとほら、さっき言った通り今追われてるんですけど、なんで追われてるかっていうのは、ちょっと今は説明する余裕ないかな。
そこは皆さんが察して我慢してください。
「ねえ兄さん、待てって言われて待つわけないのにどうして人は待てって言ってしまうんだろうね」
「うるさい! 今はそんなことどうでもいいだろうが!」
僕の横でそんなのんきで場違いなことを言っていやがるのが黒髪黒眼鏡こと榛葉翔。僕の弟である。
外見から僕達兄弟は似ていないと言われることが多いが(主に髪色等)、それより何より、中身が似ていないと僕は思うのだ。
こんか怖そうな人達に追われて僕はビビりまくりだというのに、翔といったらこの様! ぜんぜんビビってない!
「ねえ兄さん、なんで待つわけないのに待てって言うんですかって聞いてみてもいい?」
「馬鹿! これ以上あいつらを煽るなよ!」
誰のせいでこんな目に遭ってると思ってるんだ。
「ねえ皆さーん! どうして待つわけないのに待てって言うんですかー!?」
「煽るなって言っただろ! 人の話を聞けよ!」
走りながら後ろをチラッを振り返ると、不良の方々がボルテージ最高潮といった感じで追いかけてきている。
怖いからやめろよ……。
鉄パイプとか振り回すなよ……。
「兄さん、あの人達答えてくれないね」
「お前はもう黙ってろ!」
僕は翔の腕を掴んで十字路を右に曲がる。続いて左。続いて左……。
自論なのだが、人に追いかけられている時はとにかく直線よりも曲がれる道があるのならば曲がるべきだと思うんだよ。追いかけてる相手としては対象が視界から消えるだけで意思が削がれるというか、追いかけるのをやめてくれるんじゃないかと思うのだ。
が、あくまでそれは僕の自論であり希望的観測であって、怒りに身を任せた不良の方々は一向に諦める気配がなく僕らを執拗に追いかけてくるのだった。
よく言えば根性がある。悪く言えばしつこい。
「ねえ兄さん、どこ行くの?」
「とりあえず、家だ!」
しっかり体力作りをしている弟はもとより、だらだら怠けているくせに無駄に体力馬鹿な僕もまだめちゃくちゃ疲れているというわけではない。だがこのまま逃げ続けるのはやはり不可能で、一旦家に避難するのが最善なのではないかと考えた。
家に帰れば『誰か』が何とかしてくれるだろ。
「……っと!」
僕達の進む道の先から彼らの仲間と思しき一団が駆けてくるのが見えた。どうやら相手も馬鹿ではないらしく数の利を生かして挟み撃ちにしようとしているらしい。
やだ、不良のくせに脳みそがある!
「兄さん、どうしよう!」
「仕方ない! 行先変更だ!」
と、とっさにもはや道ではない家と家の塀の隙間に逃げ込む僕ら。
うわっ、狭っ!
って、蜘蛛の巣が顔にかかった!
なんだよここ、気持ち悪いな!
二人は試行錯誤しながら狭い道(?)を進むが、幸いにしてあの不良達は追ってこない。
まああの人数だしそうだろうな。なんとか回り道探そうとするだろ。
「で、兄さん、これからどこ行くの?」
「まだ考えてない!」
とっさに挟み撃ちに合わないようにここに逃げ込んだだけで、別に行先などまだ考えていなかったのだ。
「さっき行先変更だって言ったじゃないか!」
「嘘だよ! とっさだったから見栄張ったんだよ!」
翔がじとっとした目で僕のことを見てくる。
なんで僕がそんな目で見られなきゃいけないんだ!
「元はと言えば翔のせいだろ! 翔が追われてるからこうなったんじゃないか!」
「そこ言う?」
「言うよ! だってそこが元凶だもん!」
翔は肩をすくめる。
僕はその仕草にイラッとした。
なんだその自分は悪くないよみたいなジェスチャーは!
翔が追われてる原因だって知ってるんだからな。要はあれだろ、翔がコンビニでソフトクリーム買って食べ歩きしてたら、向かいから歩いてきた不良達のリーダー(確か国枝とかいう名前だったはず)にぶつかっちゃって服にソフトクリームをつけちゃったってお決まりのやつだろ。
そりゃそれだけで仲間大勢引き連れて追っかけまわす国枝君(仮)も悪いけど、元を辿ればソフトクリームぶちまけた翔が悪いという話になる。
「だ・か・ら! 僕がこんな目に遭う必要はないはずだ!」
僕がそう吠えると、翔は何がおかしいのかくすくすと笑った。
何笑ってるんだよ、今は真面目な話の最中だぞ。
「……でも兄さんはやっぱり優しいよね。追われてる僕のこと放っておけなくて、結局一緒に巻き込まれてくれてるんだから」
僕は返答に窮する。
「な、何いきなり言ってるんだよ。兄が弟を守ろうとするのは当然だろ?」
「そう言えるところが兄さんらしいや。……ま、話は後にしといてさ、とりあえずこの狭いとこ出ようよ」
僕らが狭い塀と塀の間を抜け出すと、そこには不良達が待ち受けていた。総勢20人ほど。
まああれだけお喋りしながら抜けてこれば回り道するには十分な時間がかかったんだろうな。
失策だ。
とりあえず僕らは体中にまとわりついた蜘蛛の巣やら埃を払いながら周りを観察する。ここがどこだかよくわからないが、家からそう遠いところというわけじゃないだろう。遠くに見えるあのでかい柿の木とか見たことあるし。
「おいおいてめら、よくも手間かけさせやがったな!」
「やがったな!」
不良達の中心に立っているモヒカンの男がおそらくあの国枝君(仮)なのだろう。胸元のソフトクリームのシミがそれを物語っている。
まったく、人を追いかけ回してる暇なんてあったら、とりあえずそのシミ落とそうよ。そんな姿で街中走り回って恥ずかしくないのかね。
「そこの黒眼鏡! このシャツについたシミの落とし前どうつけてくれる気だぁ?」
国枝君(仮)は学ランをめくって胸元のシミを見せつけてくる。
だからやめろって。見せるな。こっちが恥ずかしくなるから。
「えっと、だから僕、ちゃんと謝りましたよね?」
「謝って済むんなら警察はいらねぇんだよぉ!」
「だよぉ!」
僕は小さくため息をこぼす。
なんだその言い訳。どこの小学生だよ。
翔もさすがに呆れたといった表情をしている。
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「簡単なことだ、今からちゃちゃっと家帰って、クリーニング代100万円持ってこいや!」
「持ってこいや!」
僕は翔と目を合わせた。
だから、発想が小学生かよ……。
あと、さっきから国枝君(仮)の言うことを周りが復唱してるが、めんどくさいからそれやめてくれないかな。
「僕らまだ高校生ですよ? そんな大金あるわけないじゃないですか」
「いいからなんとかするんだよ!」
「無理なものは無理です」
翔のその答えに苛立ちを見せる国枝君(仮)とその周りの方々。
僕は注意深く彼らを観察する。
翔は昔っから剣道続けてて既に有段者だし、僕だっていろんな格闘術は習ったことあるから一対一とかなら負けないだろうという自負はあるんだが、なんせ今は多勢に無勢だ。強行突破しようとしても返り討ちに合うだけだろう。翔だけならあるいは、とも思うがおそらくこいつは僕のことを置いて行ったりはしないだろう。なんだかんだ言って優しい奴だからな。
さてどうするか。
不良の方々も既に痺れを切らしかけている。
はぁー、怖い。
できれば喧嘩とかしたくないんだよなー。
「いいぜわかった。だったらここでそこの銀髪の兄ちゃんごとボコって、とりあえず有り金は全部置いていってもらおうか!」
「もらおうか!」
不良達は奇声を上げながら襲い掛かってくる。
「まじかよ!?」
こりゃあもう覚悟決めるしかないか?
でもせめて翔だけでも、なんとか……!
僕はとっさに翔の胸元をひっつかんで後ろに庇う。
せめてあんまり痛くないようにして――!
――と、その瞬間、一人の男が僕と翔の前に降り立った。
その男は手に持った木刀を流れるように振り回し、襲い掛かってくる不良達をものの10秒程で全員昏倒させてしまった。当然、国枝君(仮)も。
「た、助かった……」
僕は全身の力が抜けてしまって、その場にへなへなと崩れ落ちた。
僕らを窮地から救ってくれたその男は、程よく締まった筋肉質の体に黒いスーツを身に纏った、小麦色に焼けた坊主で強面の男だった。
僕と違って座り込んだりはしていない翔がその強面の男に礼を言う。
「ありがとうございます武藤さん。ナイスタイミングでした」
武藤と呼ばれたその男は、僕と翔の前に跪いて言った。
「遅くなって申し訳ねぇです。昴坊ちゃん、翔坊ちゃん。ご無事で何よりです」
彼は武藤修。旧知である。