016 学園へ
僕らが譲原基地に戻ると、黒装束に身を包んだ小清水が僕のところにやってきた。この人は気配を消して忍び寄ってくるので心臓に悪い。
「……12番目、奥で基地長が呼んでる」
小清水の言葉に鈴置班長が反応した。
「練馬基地長が? ……まさか昴を連れ出したことバレた?」
「……基地にいる者にはとっくにバレている」
小清水の発言に鈴置班長はゲッという表情をする。
やっぱりそうか。
バレないわけないよな。
「……もし藁科総長に伝われば、殺されかねないだろう」
小清水は脅すようにそう言った。
鈴置班長は顔面を蒼白にする。
「……安心しろ。練馬基地長も上には報告する気はないと言っていた」
「おお……?」
小清水の言葉に鈴置班長は意外なという表情をする。
「……我々も、鈴置班長と気持ちは同じだ」
そう言い残すと、小清水は去って行った。
最後の言葉はどういう意味なのだろう。
「つまりあれだ。この基地の中のお前の味方は俺だけじゃないってことだ」
そういうことか。
僕は少し心が温まるのを感じた。
僕が鈴置班長の案内で基地長室に行くと、そこには僕の知らない顔もいた。
まず部屋にいるのは部屋の主、基地長こと練馬布絵であった。これは僕の知っている顔。二日前の僕の処遇決定会議において中央の席に坐していたあの妖艶な女性である。その抜群のスタイルから基地内での人気は高く、思春期真っ盛りの僕としてもなにやら気持ちが高まらざるを得ない気分にさせられる。
練馬基地長の他に副基地長や彼女の補佐官らがいたが僕の知らない顔は彼らではなく、応接用のソファーに腰かけるもう一人の人物であった。
その人物は禿げた頭とたっぷり蓄えた白い顎鬚が特徴的な優しそうな老人だった。
サンタクロースか。
というのが僕の第一印象だった。
「……榛葉昴君、初めまして。儂は私立冬峰学園で学園長をしている重松才志郎という者じゃ。ふぉっふぉっふぉっふぉ」
重松と名乗ったこの人物はいかにもおじいさんといった感じで笑った。
今の会話のどこに笑う要素があったのだろうか。
「まあまあ、立ち話もなんじゃから、こっちに座りなさい」
「重松学園長、ここは私の部屋なんですが」
「そうじゃったそうじゃった。ふぉっふぉっふぉっふぉ!」
練馬基地長の指摘に朗らかに笑う重松学園長。
なんてマイペースなじいさんなんだ。
重松学園長の勧め(練馬基地長が引き下がった)で二人とは向かいのソファーに腰をかける僕。
「あれ、鈴置班長は座らないんですか?」
「俺は遠慮しておくよ」
鈴置班長は基地長の手前、立場上遠慮しているようだった。
「いいからいいから、君も座りなさい。疲れてしまうじゃろ」
「重松学園長、それは私が言うことだと思うんですが」
「そうじゃったそうじゃった。ふぉっふぉっふぉっふぉ!」
楽しそうに笑う重松学園長。
彼に構わず練馬基地長は鈴置班長にソファーを勧め、鈴置班長は「では」と言って僕の隣に座った。
「それでは話を始めようか」
練馬基地長が話を切り出した。
「メロディーラインの日本支部全体の意見では、この前決まったように12番目こと榛葉昴君をここ譲原基地で無期限的に保護することになっています」
「保護じゃなくて監禁でしょう」
僕は指摘する。
そういう自分達は悪くないみたいな言い方はよくないですよ? 真実をオープンにしていきましょう?
「……そうともいいますね」
練馬基地長はあまり認める気がない様子だ。まあ立場というものもあるのだろう。
「ですが基地内にはその決定に異を唱える者が多々おりました」
「……!」
僕は素直に驚いた。
あの視線だけで小鳥くらいなら簡単に屠ってしまいそうな藁科総長の決定に異を唱えるなんて、命知らずな。
「鈴置班長、緒方副班長、飛鳥班長、小清水副班長、それに私です」
「高坂班長は?」
「高坂班長は藁科総長の決定に全面的に賛成しておられました」
ですよねー。
あの人めっちゃ僕の事嫌ってるみたいだったし。
「しかしだからと言ってあなたを基地から放り出し榛葉家に連なる家に送ったとしても、この前のように国軍から襲撃を受け殺されてしまう可能性が高いです。それは我々メロディーラインとしても望むところではありません。あなたには生きていてもらわなければなりません」
「なぜ?」
「守秘義務なので言えません」
チッ。
流れで聞き出せるかと思ったが、そう甘くはないらしい。
「そこで鈴置班長がある一つの案を提案しました」
僕は隣に座る鈴置班長の顔を見た。
鈴置班長は「あーなるほど、あのことか」と会得いった顔で頷いていた。
さっき小清水から伝言貰った時の反応からして、この人自分が何か提案したこと忘れていたんじゃないだろうか。
「儂の出番じゃな」
今まで黙っていた重松学園長が待っていましたとばかりに口を開く。
「そうです」
「ふぉっふぉっふぉっふぉ!」
「なぜ笑っておられるのですか……」
あの誰に対しても強気そうな練馬基地長も重松学園長の自由奔放さにはまいってしまっているようだ。
「鈴置班長の提案というのは、重松学園長の運営する学園にあなたを預けるという案です」
「ふぉっふぉっふぉっふぉ、歓迎するぞ」
僕は練馬基地長から重松学園長、鈴置班長へと視線を移動させる。鈴置班長は力強く頷いて見せた。
「重松学園長は我々メロディーラインに多大な資金提供をしてくれているお方で、我々も信用するところです。また学園長のバックには重松財閥がいらっしゃるので、例えあなたの素性が国軍に知られてもむやみに襲撃してくるということは無いでしょう。国軍も我々と重松学園長が懇意なのを知っているはずです。学園を襲って、その後重松財閥とメロディーラインの両方を同時に相手にはしたくないはずです」
なるほど、理解した。
だからさっきから練馬基地長は重松学園長に対して下手だったのか。
有力な資金提供者を失いたくはないよな。
「どうする昴? ここに縛られてるよりよっぽどいいと思うぞ。お前ぐらいの年ならまだ教育が必要なはずだ」
鈴置班長の言葉にも頷ける。
僕は思案する。
「重松学園長の名前を出せば上も納得せざるを得ないでしょう。もちろん万が一に備えて、我々譲原基地としても常に冬峰学園の安全には気を配るつもりです。それでもここにいるより少しリスクが高まるかもしれませんが……」
「リスクなんて考えてたら何も出来ねえ。お前は外に出るべきだ。引き籠るにはまだ早いだろ」
そうだ。
僕は前に進まなきゃいけない。
あの青い刺青の男を探さなきゃいけない。
だったらここに籠ってるわけにはいかないだろ。
「……行きます。僕は先に進みたい」
「ふぉっふぉっふぉっふぉ!」
重松学園長は僕の答えに満足した様子だった。
「前に進みたいという少年少女の手助けをするのが教師の役目じゃ。歓迎するぞ、榛葉昴君。ふぉっふぉっふぉっふぉ!」
こうして僕は一週間後、重松学園長の運営する私立冬峰学園に入学することになった。
今話で『榛葉家騒乱編』は完結となります。
次話からは『冬峰学園入学編』が始まります。
執筆の都合上、次編の投稿は少し先になってしまいますが、ご了承ください。