014 榛葉昴の処遇決定会議
僕は鈴置に連れられ、ある部屋の前にいた。
病室からこの部屋まで移動する間にこの建物の様子を窺っていたのだが、まず意外と人が多いことに驚いた。それにテロリストの基地とは言っても、見た目でそれほど巨悪そうな人は見受けられなかった。まあ人は見かけによらないと言うし、警戒は怠らないでおこう。あと窓が極端に少ないようでこの部屋に辿り着くまでには一つも見つからなかった。一応警察から追われている組織だし、その辺りの警備態勢は整っているのかもしれない。
これは逃げるのは一苦労だな、と思った。
「じゃあ入れ」
鈴置班長が僕を誘う。
木製の扉を開けて僕が部屋に入ると、そこは広めの会議室のような場所だった。コの字型のテーブルを囲んで数人の人々が入ってきたばかりの僕を見ていた。その視線には好奇や懐疑が含まれていて、あまり気持ちの良いものではなかった。
その中で一際険しい目をしている男がいた。
座っている位置と服装から主要な人物なのではないかと推察される。猛禽類の様に鋭い目つきと低めの背丈。鈴置班長から聞いた特徴と一致している。おそらく彼が藁科澄吉総長だ。
藁科総長がまず始めに口を開いた。
「そこに座れ」
テーブルの中央に置かれた椅子はこれから尋問される感が満載だが、ここは拒否せず座らざるを得ないだろう。藁科総長怖いし、絶対逆らえない。鈴置班長からも彼には逆らうなと言われている。
僕は黙って椅子に腰かけた。
鈴置班長も僕を囲むテーブルの一席に座った。
「……それでは全員揃ったので、彼の処遇を決定する会議を始めたいと思います。議長は私、練馬が努めます。またこの会議において藁科総長の意見を日本支部長の意見と同様として扱うこととします」
このテーブルの中央に当たる席に座る、妖艶な雰囲気を醸し出す妙齢の女性が口を開いた。年頃の高校生にはいささか刺激の強すぎるプロポーションの持ち主だ。だが格好と座る位置から彼女がこの中で最も高い地位にあるのかもしれないなと僕は思った。
てゆーか、もう完全に展開についていけない。
僕はなぜこんなところに座って尋問受けなきゃいけないんだ……。
「とりあえず彼の呼び方は12番目で統一したいのですが、異議はないでしょうか?」
「ねぇな」
「ありません」
皆口々にそう言った。
いや待って、僕は異議ありますけど。
「なんですかその呼び方!? 僕にはちゃんと榛葉昴って名前が――」
「うるせぇ、黙ってろ」
藁科総長が僕に一喝した。
拒否権無いのかよ。
何だよ、『つべるふ』って。
「『ツヴェルフ』っていうのは『12番目』って意味だ」
ここで鈴置班長の助け舟。
だけどそれだけじゃ説明が足りない。
なんで僕が『12番目』なんだ。そこはかとなく残念な呼び名だな。
例えるなら、絶対王位継承権のない王族の12男くらい残念だ。
「で、12番目は今後どうしますか? 意見のある方はどうぞ」
「国軍には渡すな。ここに監禁しておけ。それ以後のことは本部と話し合って決める。決定を待て」
それだけ言って藁科総長が立ち上がった。
え、もう終わり?
監禁ってどういうこと?
「では解散ということで……」
おいおい議長さん! それはないでしょう!
皆やる気ないのか!?
そんなに早くおうちに帰りたいのかよ!
「ちょっと待ってください!」
僕が待ったをかけると全員の目が僕に注がれた。藁科総長も僕を睨む。
「……なんだ」
「監禁ってなんですか! 僕が何をしたっていうんですか!」
「落ち着け! 会議の前に俺が言ったことを忘れたのか!」
鈴置班長が僕の肩を掴んで制止するが、僕は止まらない。
「さっきから何の説明も無しですか! 人の事なんだと思ってるんだ!」
藁科総長が僕を冷めた目つきで見る。
「……てめぇの意思なんて聞いてねぇ。黙って俺らに従ってろ」
なんだと!
僕は鈴置班長の制止を振り切って、藁科総長に飛びかかる。
「この――」
目の前から藁科総長が消えた。
え……?
するといきなり横から鋭い蹴りが飛んできて、僕は会議室の壁に勢いよく叩きつけられた。
「うっ……!」
速すぎる……!
そのまま地面に崩れ落ちた僕の身体を、藁科総長が強く踏みつける。
「……大人しくしてろ」
猛禽類のように鋭い目つきが僕を睨みつける。
悔しい、そして怖い!
で、痛い!
藁科総長は最後にグッと足の裏に力を込めてから、僕を蹴りあげ、会議室の出口へと向かった。
僕は静かに立ち上がる。
まだだ。
隙あり!
僕が背中を見せた藁科総長に飛びかかろうとすると、じゃらじゃらと音を鳴らしながら鎖が地面を滑って来た。その鎖が意思を持っているかのように僕の足元から上ってきて、身体を縛り上げ拘束する。
「な、なんだ!?」
なにこれ!?
鎖の形した蛇か!?
拘束された僕は体の自由が効かなくなり、地面に倒れ込んだ。そんだ僕を見下ろした藁科総長は、興味を失ったように部屋から出て行った。
「……12番目、お、大人しくしろ!」
そう口にしたのは育ちの良さそうなブロンドの髪をした男だった。どことなく小物感が漂っている。この男が僕を拘束している鎖を握っている。ということは。
こいつの仕業か!
「高坂班長、離してやってくれ」
鈴置班長の言葉に高坂と呼ばれたブロンドの男はなぜという顔をする。
「こ、こいつを野放しにして何が起こるかわからないだろう! なんかあった時にお前責任取れるのか!」
「大丈夫だ。こいつは暴れたりしない」
高坂と呼ばれた男は不満そうだったが、僕の身体を拘束する鎖の締め付けが弱まり、するすると僕の身体から離れていった。それらの鎖はまるで生きているかのように高坂班長の元へと収まった。僕がその様を凝視していたのが分かったのか、鈴置班長が説明してくれた。
「ああ、高坂班長は念動力が使える、所謂超能力者なんだ。使ってるのはもっぱら鎖ばかりだけどな」
「お、おい! バラすなよ!」
高坂班長が慌てたように鈴置班長に詰め寄る。
「いいじゃねぇか。減るもんじゃないし」
「そう言う問題じゃないでしょう! お、俺の能力は、こいつが暴れた出した時の抑止力にするつもりだったんだ!」
「わかったわかった」
鈴置班長は高坂班長をなだめ、高坂班長はチッと舌打ちした後、肩を震わせながら部屋を出て行った。彼の後ろに立っていた、大きな盾を持った女性も彼の後に続いた。
「おい、とりあえず行こう」
鈴置班長が僕を部屋から連れ出そうとして声をかけてきた。
「……はい」
僕は不満そうに言う。
僕はこれからどうなるのだろう。ずっと彼らに拘束されたままなのだろうか。翔がどうなったかだって気になるんだが。
「なあお前の名前なんて言うんだ?」
鈴置班長が尋ねてきた。
「榛葉昴です」
「そうか」
「……いいんですか? 他の奴らみたいに『つべるふ』って呼ばなくて」
僕はひねたように言う。
「発音悪いな。12番目だ。だけどそんなの言い辛いし、お前も嫌だろ。だから俺はちゃんと名前で呼ぶ」
鈴置が僕の頭に手を置いて、髪をクシャッとした。
少しゴツゴツとして、でも温かい手のひらだった。
「行くぞ、昴」
いきなりテロリストに捕まったりと不幸が続く僕だが、この鈴置という人は信用できるかもしれないと思った。




