012 銀色の光
東雲の前で地面に倒れ動けない僕。
こうなったら、秘技『死んだフリ』。
よし、どっか行ってくれよ……。
「ふん、思ったより大したことねぇな。さっさと止め差して時田さんに報告に行くか」
『死んだフリ』が効かない!?
血も涙もない奴め!
僕はガバッと起き上って東雲から距離をとった。
「……てめぇ、まだ動けたのか」
あ、ほんとだ。
あんだけ喰らっても、まだかろうじて動ける。
「まあ、僕って昔から体だけは丈夫だったからね!」
物理的に。
ただし風邪とかには弱かった。
一年間皆勤できたことがない。
自慢することではないが。
「……そこはさすがという所か」
訳の分からないことを呟く東雲。続きだ、と言わんばかりにまたも僕の方へと距離を詰め、掌底を繰り出す。
「あんたそればっかだな!」
僕は東雲の繰り出す掌底を躱す。反撃には転じられないが、彼が次々と繰り出す掌底をすんでのところで躱していく。
「何!?」
「……もう喰らってやらねーよ」
僕は東雲の掌底を躱しつつ反撃の隙を窺う。
……ないな。
ぜんぜん隙がない。
「生意気言ってんじゃねぇよ!」
東雲が渾身の掌底を放つ。油断していた僕はそれを回避することが出来なかった。
「太極拳『虎牙荒波』!」
東雲少尉の掌底が腹部に叩き込まれる。物理的衝撃と『気』によるでたらめな衝撃が体を貫いた。
「ぐはっ……!」
僕は後方へと吹き飛ぶ。
「動きはいいが、戦いをぜんぜん知らねぇみてぇだな。勝てるわきゃねぇよ」
僕は気を失いそうだった。
今までこれほどのダメージが体を襲った例はない。
いっそ気を失ったほうが楽になれるだろうか。
……駄目だ。ここで負ければ僕はこいつに殺される。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
――僕の中で何かが目覚める。
「くそぉぉぉぉ……!」
僕は歯を食いしばり立ち上がる。
もうどうにでもなれだ。
めちゃくちゃにしてやるよ。
僕は東雲を睨む。
「……何て奴だ。まるで獣」
僕は体の動くままに地面を蹴った。
「速い……!」
僕の放つ拳は東雲に躱される。だが彼が少し怯んだのを見逃さなかった。放った拳の勢いを殺さず、そのまま体ごと東雲に体当たりを喰らわせる。
「くそが……っ!」
堪らず体勢を崩す東雲。直後僕は相手の眼前に踏み込み、拳を叩き込む。
が、これは東雲が腕をクロスし防いだ。堪らず距離をとろうと後退する東雲だが、僕はそれを許さない。すぐさま距離を詰め直し、顔面目掛けて拳を振り下ろす。
「うがあぁぁぁ!」
「……ざけんな!」
東雲少尉はその拳を流れるようにいなすと、逆に僕へと掌底で反撃。だが僕は止まらない。そんなもんもういっぱい喰らった。今更一回くらいなんだ! 僕は怯まず東雲に拳を叩き込んだ。
「いってぇ! てめぇ理性失くしてやがるな!」
僕は東雲の言葉が理解できない。耳には入ってくるが脳には入ってこない。
東雲は太極拳独特の足運びから、僕へと回し蹴りを放つ。
僕はそれをしゃがむことによって避ける。
「何!?」
逆に隙のできた東雲へと突っ込む。
僕と東雲はもつれ合うようにして地面に転がった。僕が彼に対して馬乗りになる。
「わあうぅぅぅ……!」
「退け!」
するりと僕の下から抜け出した東雲は、すぐさま背後から掌底を叩き込んでくる。
が、僕はそれに怯まず拳で反撃する。
ぶつかり合う拳と掌底。
僕は『気』の力に押されて後方へと押し退かされる。
強い。
このままだと死ぬ。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
「わうぅぅぅぅ!」
僕は吠えた。
右手に力を集中する。
次の一撃で決める。
「それは……!?」
東雲が驚愕の表情を浮かべる。
彼が何に対して驚いているのかと自分の右手を見下ろすと、なんと僕の右手から銀色の光が溢れ出していたのだ。それは気体とも液体とも違う、だがただの目に映る光ではなく、『それ』としか表現できないものだった。
だが僕には何となくわかった。
この光は僕の力になるものだ。
僕はその銀色の光を拳に纏い、東雲へと駆け出す。
「てめぇは確実にここで殺さなきゃならねぇ!」
東雲も僕へと向か合ってくる。
二人の距離は数メートル。
「太極拳『虎牙荒波』!」
東雲の『気』を纏った掌底を、僕は左手で受け止めた。
ものすごい衝撃が僕の左腕を伝わる。
腕が折れたかもしれない。だが彼の手を離しはしない。これで奴は捕えた。僕の一撃を逃れられやしない。
そして僕は、グッと踏込み右手を力強く握り振りかぶる。
東雲は「これは!」と叫ぶが容赦はしない。
僕の全力を叩き込む!
「一点集中――『全力弾丸正拳』!」
銀色の光を纏った僕の拳は、東雲の鳩尾に叩き込まれた。
「ぐぅ……っ!」
確かな手ごたえ。
だが東雲はその場に留まる。
「この……化物が……っ!」
東雲はその場に崩れ気を失った。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
僕は荒い息をつく。
体が熱い。
意識が朦朧とする。
記憶が曖昧だ。
僕は、何をしていたんだ?
勝ったのか?
僕の意識はそこで途切れる――。
この時、僕の姿を偶然見かけてしまった少女がいたことに、気付けたはずはなかった。




