010 東雲少尉の実力
メロディーライン譲原支部の小清水と国軍将校の東雲が睨み合う。
僕はその状況をじっと見ているだけで動けない。
いやさすがに僕も動けないよ? こんな生の命のやり取りの最中で馬鹿をやるほど、僕も空気が読めない訳じゃないよ?
と僕が呑気なことを考えてると、小清水が動いた。
僕の首元に忍び刀を当てた時と同じように一瞬で姿を消し、東雲の背後に現れ忍び刀を振るう。僕に対して行った脅しとは違う、本気で命を取りに行く斬り込み。
あの小清水って奴、僕より小さいしナメてたけど、スピードはかなりのものだ。
「……っ!」
だが東雲は背後からの完全な不意打ちを躱し、逆に小清水に対して掌底打ちを放つ。
「……甘い」
小清水は東雲の掌底打ちを躱し、逆にその腕を掴んで拘束した。
「……逃げられまい」
「それはどうだか」
東雲は小清水に拘束された腕を力づくで振り回す。たまらず体勢を崩した小清水に、東雲の逆手の掌底打ちが入る。
さすがに体格差があったか。
「……ぐっ」
「俺の掌底は効くだろう?」
よろめく小清水に対して、東雲は連続で掌底打ちを決める。それは流れるように綺麗な連続攻撃で、まるで格ゲーのコンボのようだと僕は思った。
おっと、別にふざけてるわけじゃないぜ?
本当にそれくらい華麗だって話だ。
やっとのことで東雲の連続攻撃を抜け出した小清水は堪らず地面に片膝をつく。
「……少尉の実力じゃない。貴様いったい……」
「俺は少尉なんて器に収まるつもりはねぇ。いずれ大将まで上り詰めてこの世の悪を葬り去ってやる。犯した罪に対する罰は必ず受けさせてやる。それが俺の野望だ」
東雲はバッと地面を蹴る。
対する小清水は忍び刀を天高く掲げる。
「何っ!?」
東雲は足を止める。
なぜか。
小清水の掲げた忍び刀に反射した夕日の光が東雲少尉の目を直撃したのだ。これには堪らず東雲も目を瞑らざるを得ない。
これには僕も舌を巻いた。
今度は経験の差か。
ここまでの動きとあの冷静さから、小清水が戦闘の経験をかなり積んでいると僕は予測した。
小清水はこの一瞬で東雲との距離を詰め、一太刀。東雲の左腕に裂傷が走る。小清水のさらなる追撃を、しかし東雲は回避に成功する。
逆に詰められた距離を利用し、東雲が攻める。
「俺は太極拳を会得している。公園でじいさんばあさんがやってるような健康法としての太極拳じゃねぇ。古来から伝わる武術としての太極拳だ」
東雲の流れるような動きから放たれる掌底は回避が難しい。事実小清水はそれらの半分も受け流せてはいない。腕を交差させて受けるのが精一杯だ。
だが小清水の表情にはそこまでの焦燥はない。
「……掌底など、重要な内臓にでも打てない限り対して脅威にはならないぞ」
「それはてめぇの認識があめぇよ」
東雲の身体に力が籠る。と同時に、東雲の渾身の掌底は、小清水の防御の上から撃ち込まれた。
「……ぐぁっ……!」
背中から吹き飛び地面に転がる小清水。
なんて威力だ。
「『気』ってやつだ。俺の掌底には、太極拳で鍛えた『気』が乗ってる。そう簡単には防げやしない」
小清水は起き上がらない。
東雲の勝ちだ。
……ってあれ、これってもしかして僕ピンチ?
「おい銀髪。てめぇにはここで死んでもらうぞ」
東雲は小清水には興味を失ったように、今度は僕の方へと歩みを進めてきた。
え、え、え、ええええ。
まじか。
あの忍者野郎、僕を安全なところに連れてってくれるんじゃなかったのかよ!
くそっ。
……死んじゃいないだろうな!
「……ぼ、僕はまだ死ぬわけにはいかない」
僕は戦うことを決意する。
だってまだやり残したことがありすぎる。それに、なんで僕が殺されなきゃいけないのかまったく理解できない。説明しろよ! 責任者出てこい! って感じだ。
あの小清水とかいう男も、僕を守る為に戦ってやられたんだ。彼を置いては行けない。彼をここから連れ出すには、あの少尉を倒して堂々と担いでいくしかない。
だったらやってやる。
死に物狂いでやってやる。
奥は手に持っていた木刀を構える。
「……なんだ闘る気か?」
東雲はギロッと睨む。
……あー、やっぱ怖いかも。
僕は木刀を構え息を整える。とりあえず今まで習ったことがある型を思い出すんだ。それを上手く駆使すれば負けることはな――
「――隙だらけだ」
僕の目の前に迫っていた東雲は僕の木刀を叩き落とす。
「あーっ!!」
「あーっじゃねぇよ。隙だらけじゃねぇか。やる気あんのか」
地面に落ちた木刀は東雲が蹴っ飛ばしてどこかへやってしまった。
なんてことだ……。
僕は自分が剣術の才能が全くないのだということを忘れていた。数々の師匠達が匙を投げた、才能無しに太鼓判を押されるほどのこの僕が、戦闘のプロに対して刀で挑もうというのが間違いだったのだ。
僕は拳を構える。
「ん? 徒手空拳で戦うつもりか? 中国武術を会得してる俺に、それは無謀だ」
東雲は僕の事を侮っているのかまったく構える気配がない。
なら先手をいただくまでだ。
僕は全力で地面を蹴った。
小清水にも負けないほどの俊足で東雲の目の前まで距離を詰める。
「……!」
さすがに驚いたような表情を浮かべる東雲。
僕はそんな表情にほくそ笑みながら、右の拳を東雲目掛けて叩き込む。
――が、鍛えられた東雲の身体には大きなダメージを与えられた感触がない。これこそ地力の差だ。
「甘い!」
東雲の回し蹴りを至近距離で喰らった僕は、そのまま数メートル吹っ飛んだ。
「がはっ……!」
僕はすぐさま立ち上がるが、視界が揺れる。そんな視界が東雲の姿を捉えたのは、彼が僕の目の前に迫った後の事だった。
「……!?」
回避行動が間に合わない。
「――太極拳『虎牙連弾』!」
東雲の怒涛のような掌底の嵐が僕の身体を打ち抜いていく。二の腕も太ももも脇腹も鎖骨も鳩尾も、全てを喰らう彼の掌底からは逃れられない。
「うわわわああああああ!」
数瞬の後、東雲の攻撃が止んだ。
彼の連続攻撃の後、僕は崩れるようにして地面に突っ伏した。
こんな奴相手に無理だ。
勝てるわけない。




