000 プロローグ
「止まれ! 1番目!」
この場に集う大勢の研究者のうちの一人が叫ぶ。
普段は薄暗く陰鬱で物静かなこのホールも、今は瓦礫で埃にまみれ、怒号と喧騒に満ち満ちていた。
「うっさい。……私は、研究者が嫌いだ」
1番目と呼ばれた一人の女がそう答える。
女は長く赤い髪を持ち、殺気に満ちた表情で辺りを見渡す。彼女の瞳はその髪と同じ、柘榴石を彷彿とさせる赤。その手に握られるのは真紅に輝く光の束。
彼女がその光の束を振るうと、彼女の周りに真紅の閃光が走り、彼女を囲っていた人々を弾き飛ばし壁や天井を穿った。
彼はその光景を、手格子越しに見ている。
包囲をたやすく突破した赤髪の女は迷いのない足取りで、彼の収容されている独房の前に立った。
鉄格子を挟んで向かい合う二人。
「……何か用ですか?」
彼は女に尋ねる。
「別に大した用じゃないよ。……ただ、私も昔チャンスを貰ったことがあるから、今度はチャンスを与える側になりたいなって思って」
女は独り言のようにそう言うと、手に握った真紅の光を振るう。
すると女と彼を隔てていた鉄格子が音を立ててバラバラになった。
彼はその様子を目を丸くして見ていた。
「さあ、これからどうするかはあんたしだいだ」
女は彼に向かって手を差しだした。
彼はその手をじっと見つめる。
「人生ってのは、何もかもが与えられるわけじゃない。だから自分で選んで、切り開いて、手に入れていくしかない。その覚悟があるかい?」
彼はしばらく身動きせずに停止していたが、すっと彼の右手が動いた。彼の右手が、差し出された女の手を掴んだのだ。
弱々しかったが、確かに掴まれた。
だから女は言った。
「よし! そうこなくっちゃ! ……それじゃ行くよ!」
女は彼の手をしっかりと握り返し、力強く引っ張って彼を立たせた。
「それじゃあ行こう! ここから先は自由よ!」
女に手を引かれるようにして、彼はその日消息を絶った――。