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8、本物の嘘

「ハイヨー!」

 街へ飛び出した空飛ぶトナカイソリは、大通りの車の列の上を走って、あっけにとられた顔を向ける通りの人たちに

「メリー・クリスマス!」

 と、子どもサンタのマローリーは得意満面で挨拶しました。

 ところが、正面に広場が見えてくると、トナカイソリは徐々に高度を落としていき、広場に着陸してしまいました。

「おい、どうした? もう疲れちゃったのか? クリスマスイブはまだまだこれから本番じゃないか?」

 マローリーがどんなに手綱を鳴らしても、トナカイたちは大あくびをして、飛び上がるどころか、もうちっともそこから動こうとしませんでした。

 見物人たちが集まってきてわいわいがやがや騒がしくなりました。

 マローリーはすっかり焦ってしまって、

「飛べよ! 飛べったら!」

 と、ますます激しく手綱を鳴らしましたが、トナカイたちは完全に無視です。

 空の上からブウーーンと音がしてきて、見物人たちも、マローリーも、上を見上げました。

 灰色の空にぽっかり真っ黒な穴が開いているように見えましたが、チカチカと電気的な瞬きがあり、メカニカルな黒い物体が現れました。

 左右に2つのローターを備えた、ちょっと変わった形のヘリコプターです。

「突然現れたぞ?」

「ステルス?」

「光学迷彩って言うんじゃないか? 日本のアニメで見たぞ?」

 と、大人の見物人たちは口々に言い、疑いの目をソリの上のマローリーに向けました。

「なーんだ、やっぱりトリックか。上からステルスのヘリコプターに吊られて飛んでいただけなんだ。ヘリが故障してトリックがばれちゃったな」

「違う違う! あんなの関係ない!」

 マローリーは空飛ぶソリが本物であるのを証明しようと必死にトナカイたちを走らせようとしましたが、もうまったく動く気配を見せず、

 広場の向こうから恐い顔をした警官たちがやってきて、マローリーに言いました。

「こんなところにソリなんて持ち込んでもらっては困るねえ。市の許可は得ているのかな?」

「そんなの知るか! これはサンタクロースの空飛ぶトナカイソリだぞ!」

「はいはい、話は署で聞かせてもらうよ」

 マローリーは大きな警官にひょいと持ち上げられ、ソリから下ろされてしまいました。

 トナカイたちは別の警官に手綱を引かれると大人しく歩き出し、裏切られたマローリーは恨めしそうにソリを見送り、自分はパトカーに連行されていきました。


 この様子はテレビカメラに中継されて、見物人たちのスマホから続々動画がネットに上げられていきました。


 スタジアムでは、空に揺らめいていたオーロラも消え、フィールドを漂っていた低い霧も消え、すっかり静まり返っていました。

 大型ビジョンで広場の中継を見ていた子どもたちは、偽物だった空飛ぶトナカイソリにショックを受け、すっかり表情を失ったり、しくしく泣いたりしていました。

 小さな子どもたちと同じく呆然としたタコラに、サンタクロースもひどく落ち込んだ様子で話しました。

「こういうことになってしまうんだな……。もっと穏便な形で行うはずだったが……、やはり、わたしたちがやろうとしたことは、最初から間違いだった。

 子どもたちにお父さんお母さんが言うだろう?早く寝ないとサンタさんが来てくれないよ?って。

 サンタクロースは夢の世界の存在だ。外の世界に出てきてしまっては、色々と不都合があるのだよ。

 だからわたしたちはなんとか自分たちの存在を誤摩化そうと考えた。

 結果、一番大切な、子どもたちの信じる気持ちを壊してしまった。

 サンタクロースが一番やってはいけないことを、わたしたちはしてしまったんだ……」

「どうして?」

 タコラは納得がいかずに質問しました。

「どうして誤摩化そうとするの? サンタクロースはいるって、堂々と見せればいいじゃない?」

「それはね」

 サンタクロースはとても悲しそうに言いました。

「サンタクロースが、本当に子どもの夢を叶える力なんて、持っていないからだよ」

「分からない」

 タコラはショックを受け、混乱して、叫びました。

「全然分からない! サンタクロースのくせに、子どもの夢を壊すようなこと言わないでよ!」



 モニターで広場とスタジアムの顛末を見届けたサンターズ支部長は重いため息をつきました。

 別のモニターからは本部の評議員から冷たい宣告がなされました。

『恐れていた最悪の結果になってしまった。これで世界中の子どもたちからサンタクロースの夢は奪われてしまった。芝居に協力したと思われているフィグウッドからもクレームが来るだろう。サンターズ君。近い内に君の責任を問う裁判を開かねばならないだろう……むろん、君の作戦を承認した我々メンバーも責任を取らねばならないだろうが』

「分かっている。……迷惑をかけますな」

『残念だよ。史上最高のサンタと讃えられるあなたを裁かねばならないなんて』

「昔の話だ。今のわたしは責任あるサンタの国アメリカ支部長だ」

『うん……。ではいずれ、直接お会いしよう』

 会談が終わり、黒くなったモニターを見つめていたサンターズ支部長は、おもむろに振り返ると、怒りに燃えた恐い目で手錠をかけられ椅子に押さえつけられたミーシャを睨みました。

「ほーーお」

 ミーシャは口を丸くして感心した声を出しました。

「ここにも本物のサンタがいやがる。へえー、サンタクロースってのは何人もいるもんなんだなあ」

 サンターズ支部長は、スタジアムに現れたサンタクロース以上に、ふさふさの輝く白ひげをした、丸いほっぺの、青い瞳をした、最高にサンタらしいサンタなのでした…………陰険な表情さえしなければ。

「またしてもきさまのせいだ、黒岩三太郎、この忌々しい黒サンタめ!」

「それがオレの名前か? それは日本人の名前だな? そうか、オレはロシア人じゃなく日本人だったのか。で? オレの素性をサンタクロースが知っているってのは、こりゃいったいどういうことだ?」

 ミーシャは何故自分がサンタクロースに捕まらなければならないのか、不本意そうに手錠につながれた両手を掲げました。

 サンターズ支部長は鼻の上にしわを寄せた思い切り険悪な目で疑り深くミーシャの顔を見つめました。

「ふざけた顔だ……が、本当に記憶は戻っていないようだな? それはそうだな、戻るはずがない」

 ひょうきんに眉を上げて肩をすくめるミーシャに、サンターズ支部長は忌々しく教えてやりました。

「おまえはサンタ史上最悪の黒サンタだ。記憶をなくしてさえこの騒動だ。もう絶対に許さん。今回の記憶もきれいさっぱり消去して、砂漠の真ん中か、絶海の無人島に置き去りにしてやる!」

「そりゃああんまり歓迎できねえ話だなあ」

 ミーシャはせいぜい情けない顔をして、ニヤリと不敵に笑うと、言いました。

「けどよお、あんたも困ってんだろう? なら、いっそ、オレのシナリオに付き合わねえか?」

 チッ、とサンターズ支部長はサンタらしくない舌打ちをしました。

「誰がおまえの口車に乗るものか」

「そうかあ? いいアイデアがあるんだがなあ~~~」

 ミーシャはいかにも残念そうに言い、フン、と相手にしない気でいたサンターズ支部長も、今の自分の立場もあって、つい、きいてしまいました。

「あー、オホン。参考の為に……、いいか、あくまでも参考の為にだぞ?、おまえの考えというのを一応きいておいてやろうか?」

 ミーシャは、ニタアッ、と大きく笑いました。




 静まり返っていたスタジアムが、ざわざわと、あまりよくない雰囲気で騒がしくなりだしました。

 ショックを受けた子どもをなだめていた親たちが、敵意を含んだ眼差しをフィールドに注ぎ、このおとしまえをどう付けてくれるのか?、まさかこのままお仕舞いじゃないだろうな?、と、イベントの主催者である子役たちに責任を問うつぶやきをぼそぼそとしだしました。

 密やかだったざわめきが次第に大きく、険悪になり、今にも子どもの手前遠慮していた怒鳴り声が上がりそうな雰囲気になってきました。

 1階に下りてきたホーミーとモモエは、リーダー格のマローリーが警察に捕まってしまって、スタンドの不穏な様子に怯えてタコラを頼りました。

 タコラもなんとかしなくてはと思っていましたが、自分自身のショックが大きく、いつものようにスマートに頭が回転しませんでした。

 本物のはずのサンタクロースも、すっかりしょげてしまって、ホッホッホーという陽気な笑顔は見る影もありません。

 何も出来ない子役スターたちに、スタンドの怒りはいよいよ爆発しようとしました。



『ワッハッハッハッハアー』



 突然スピーカーから大笑いが響き渡り、大型ビジョンに大笑いするミーシャがドンと映し出されました。

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