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5、サンタクロースを待って

 特殊部隊からの報告をサンターズ支部長は苦りきった顔で聞きました。

 特殊部隊には黒サンタのミーシャこと黒岩三太郎の秘密裏の誘拐を命令していたのですが、ミーシャは雇い主であるタコラ・ファミングの屋敷にかくまわれ、フィグウッドセレブ御用達のセキュリティーに守られた屋敷にさしもの特殊部隊も侵入の隙を見つけられないのでした。

 その代わりに、リモコンの小型ヘリを使って、小型のスパイロボットを侵入させることには成功しました。

 クモのようなスパイロボットは通気口から天井裏に侵入し、ミーシャの部屋の上に来ると、小さな穴を開けて、ファイバースコープを差し込み、天井板に聴診器を当て、映像と音を外へ送信しました。

 中継機を経てサンターズ支部長はミーシャの様子をまるまる観察しましたが、豪華な調度の揃った客室でソファーにふんぞり返ってテレビのコメディードラマに大笑いして、実にいい気なものです。

 部屋にタコラが訪ねてきました。

 タコラもミーシャのくつろいだ様に呆れながら言いました。

『あなたの素性を調べてもらったけれど、残念ながら分からなかったわ』

 モニターを見ているサンターズ支部長はそりゃそうだろうと思いました。黒サンタ黒岩三太郎のあらゆる記録は消され、または作り替えられて、社会から存在を抹消されています。

 黒岩三太郎のミーシャは、

『ああそうかい。そりゃあ手間をかけさせちまったな。それじゃあやっぱりオレはロシアマフィアの一員だったりするのかなあ?』

『そうなんじゃないの? その落ち着きぶり、けっこうな大物幹部だったんじゃないの?』

『ワハハハハハ。恐れ入ったか?』

『大々的に顔を宣伝しちゃって、敵対組織のヒットマンが暗殺に来るかもよ?』

『それを心配してオレを奥のこんないい部屋にかくまってくれてるのか? ありがたいねえ』

『ええ。イブまではね。イブが明けて用が済んだらギャラを払うからさっさと出て行ってちょうだいね?』

『へいへい。分かっております。ワハハハハハ』

 ミーシャはテレビのギャグに上機嫌に大笑いしました。その様子に呆れながらもまだ部屋を去ろうとしないタコラにミーシャはききました。

『どうした? なんかオレにききたいことでもあるのか?』

 タコラはミーシャの前にやって来てテレビを見えないようにして言いました。

『ねえ、あなた、記憶をなくしているくせにどうしてそんなに楽しそうにしてられるの? 子どもの頃のこともみんな忘れちゃってるんでしょう? 寂しくないの? 大人になると子どもの頃のことなんてどうでもよくなっちゃうの?』

『ううーん……。さあなあ、何せなんにも覚えちゃいないんでな、考えようもねえや』

『そう。そうね、かわいそうな人』

『つまりお嬢ちゃんはオレみたいなかわいそうな大人にはなりたくないわけだ? そりゃそうだよなあ、子どもで大成功して、こんないい暮らししてるんだからなあ、大人になんてなりたかねえわなあ』

『フン。やっぱりあなたもつまらない大人ね』

 タコラはすっかり機嫌を悪くして部屋を出て行こうとしました。

『なあ、教えてくれねえか? こんだけ贅沢して、欲しい物なんてなんでも手に入って、今さらサンタクロースからプレゼントしてもらいてえ物なんてねえだろう? なんでサンタクロースにこだわる? セレブお嬢ちゃんの単なる名誉欲か?』

 タコラはムッとした顔で振り返って言いました。

『サンタクロースは子どもたちの夢なの。子どもたちみんなに夢を持ってもらいたいの。素晴らしいことじゃない?』

『ぶち壊しになるだけだと思うがねえ』

『サンタクロースはいるわよ!』

 向きになって叫んで、タコラは真剣なまなざしで話しました。


『わたしは本物のサンタクロースに会ったことがあるの。

 5歳のクリスマスイブに、わたしの家にサンタクロースが来てくれたのよ。

 サンタはわたしに白い大きな袋から取り出したプレゼントをくれたわ。ずうっと大切にしている、わたしの宝物よ』

『へえー。何をもらったんだ?』

『ないしょ。泥棒されたら困るもの』

『5歳児のクリスマスプレゼントなんて大人が欲しがるかよ。……ああ、それはひょっとして、サンタの格好をした泥棒だったんじゃねえか? 子どものあんたに見つかって、口止め料に盗んだ品物の中からプレゼントを寄越したんじゃねえかなあ?』

『違うわよ!

 ……誰もわたしがサンタに会った話を信じなかった。

 パパもあんたみたいに泥棒じゃないかって疑って警察に近所に泥棒がなかったか問い合わせたわ。泥棒なんてなかった!

 わたしが会ったのは本物のサンタよ! サンタはわたしを訪ねて来て、プレゼントをくれたのよ!』

 タコラの剣幕にミーシャは肩をすくめました。

『だったらいいじゃねえか? わたしはサンタに会ったんだ!、って、自分で思ってりゃ満足だろう?』

 その指摘にタコラは少しうろたえましたが、強気を取り戻すと言いました。

『だから今度はみんなにサンタクロースを会わせたいのよ!』

 ふうーん……、とまだ何やら言いたそうなミーシャから顔を逸らして、天井を向くと、

 たまたまモニターを見ているサンターズ支部長と視線がまともに合って、支部長はカメラが見つかったのかと慌てました。でも、

『そうよ、きっと、また、来てくれるわ』

 と強い調子で言うタコラの目は、天井よりもうんと高い、空の上を見ているのでした。


 フウー……、と思わず息をついたサンターズ支部長は、さっそくコンピューターのデータを検索させて、過去、タコラ・ファミングにサンタクロースがプレゼントをしたことがあるか調べました。

 結果は、生まれた年までさかのぼっても、本物のサンタクロースが彼女を訪れた記録はありませんでした。

「おおかた父親が変装していたか、夢でも見たんだろう」

 支部長は哀れっぽく言って、彼女がもらったという宝物がなんなのか気になりましたが、タコラ本人の部屋をスパイするのはさすがに問題で、諦めました。




 イブ当日になりました。

 この日も朝から動画投稿サイトとテレビ、ラジオ、街頭ビジョンで、


『今日のドヤー・スタジアムは子ども時間で4時間早まります。午後8時が深夜0時になりますから、サンタさん、時計を合わせてね? スタジアムの観客席は小さいお子さんの親子連れに限り無料で開放します。どうぞたくさん観に来てね? ゲートの開放は午後4時ですから慌てずゆっくり来てくださいね? サンタさん、小さい子の為にも、遅刻はしないでね?』


 と、子役たちからサンタクロースにプレッシャーを掛ける動画が繰り返し流されました。


 午後4時になり、ゲートが開かれると、待っていた家族連れが続々と入場してきました。


 スタジアムのフィールドには真ん中に、正面の壁がない、三角屋根の2階建ての家が建てられています。古き良き時代のといった感じの木の家で、実物大のドールハウスみたいです。

 屋根から1階居間の暖炉に四角い大きな煙突が通っています。

 部屋は1階の居間と、2階の子供部屋の2つだけです。居間の壁にはドアがありますから後ろにキッチンなどがあるのかもしれません。


 家の中の様子が見られるバックネット裏からどんどん客席は埋まっていきました。

 お父さんお母さんに連れられた小さい子どもたちが本物のサンタさんに会えると思って目をキラキラさせています。おねだりされて子どもを連れて来たお父さんお母さんの方はちょっと複雑そうに心配顔です。

 これだけお客さんが詰めかけて、もしサンタクロースが現れなかったら、それはもう悲惨な状態になるのが目に見えています。

 外野席の後ろにそびえる2つの大型ビジョンにはサンタクロースにちなんだ映画が上映されていますが、大人しく観ている子どもはあんまりいないようです。

 フィールドの家の周りには黒サンタに誘拐された?300人のサンタクロースたちがあちこちに置かれたドラム缶のたき火で暖をとっています。ちなみに彼らは誘拐されて以来、まるまる貸し切りになったホテルに自主的に監禁されていました。

 客席のお客さんたちには入り口で使い捨て懐炉がサービスで渡されていますが、灰色の空からちらちら雪が舞ってくる中では息が白く、鼻が真っ赤になってしまっています。

 スコアボードのとなりに時計がありますが、月桂樹に縁取られたアンティーク調の文字盤に改造されています。

 時刻は子ども時間の8時を回っています。

 果たしてこの時計が12時になったとき、サンタクロースは空飛ぶトナカイソリに乗ってやってきてくれるのでしょうか?

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