10、サンタクロースのプレゼント
タコラはサンタクロースを椅子に縛り付けた黒サンタと対面しました。
特殊部隊サンタのカメラマンが撮影し、表の作戦車がその様子をネットと街頭ビジョンとスタジアムのビジョンに生中継します。
ミーシャが悪役らしく陰の濃い笑みを浮かべて言いました。
「さあ、おまえさんが5歳の時にサンタクロースからもらった宝物ってやつを見せてもらおうか?」
クリーン氏に赤いコートを貸してもらったタコラは、手のひらに載せた丸い物を差し出しました。
「ううーん? なんだあ、その安物のおもちゃは?」
ミーシャが渋面を作ってがっかりしたのは、
タコラの宝物と言うのは、博物館のお土産物売り場にあるような、スノーグローブでした。
逆さにして、元に戻すと、透明なドームの中、いっぱいの水の中をキラキラと銀色の雪が降ってくる、あれです。
タコラの子どもの手のひらに載る小さなスノーグローブには、銀色のさらさらした雪の他に、真ん中に1つ、大きな銀色の星がありました。
やれやれ、とミーシャは頭を振りました。
「セレブお嬢ちゃんの、どんなすげえお宝かと期待したら、なんだよこれ? あーあ、子どもの夢なんかに期待したオレ様が大馬鹿だったぜ」
「フン、バアーカ」
タコラもさすが小さな天才女優、負けじとやり返しました。
「これが安物のオモチャですって? ピカソの名画を子どもの落書きといっしょにするようなものよ。価値の分からない人には宝の持ち腐れね」
ミーシャは顔がしわだらけになるくらい渋面を作ってスノーグローブを覗き込みました。
「これがピカソの名画だって? ま、オレにはピカソなんて子どもの落書きにしか見えねえがな」
フン、と大きくふんぞり返ると、
「取引は中止だ。こんなオモチャ、今どきの子どもでも喜ぶもんか」
ミーシャは再び黒いコートの懐から銀色に尖ったハサミを取り出して、ニッ、と歯を剥き出して凶悪に笑いました。
「バッサリ、サンタクロースのひげを切り落としてやる」
「それは、ドリームマシーンではないか!?」
びっくりした声を上げたのはサンターズ支部長です。
「ドリームマシーン? なんだそりゃ?」
「おまえ……は忘れているのか。それはサンタクロースの秘密道具の1つだ。
サンタクロースが良い子にプレゼントを渡す時、家に侵入しなければならないだろう? 秘密の手段でこっそり侵入したにしろ、家の人間が起きていて見つかってしまったら、泥棒と間違われてしまう。だから家の人には確実に眠っていてもらわなくてはならないのだ。
その為の道具がドリームマシーンだ。
ドリームマシーンには色々なタイプがあるが、その星のスノーグローブのタイプはまだ本当の資格のない、試用期間中の見習いサンタの使う一番出力の弱い物だ。見習いサンタには純真な小さな子どもを担当させるからな、その小さな出力のドリームマシーンで上手く眠らせることが出来たら、まずは合格ということだ。
ということは……」
サンターズ支部長は申し訳ないようにタコラを見つめて言いました。
「君のところにうかがったのは、まだ正式の資格のない、半人前のサンタクロースだったようだ。その上仕事中に君に見つかってしまったということは、そのサンタクロースは失格して、サンタクロースに関する記憶を消されてしまったはずだ。それにしても君の記録が残っていないのは、我が支部の手落ちだった。分かっていれば他にやりようもあっただろうに、申し訳なかった」
「いいえ」
謝るサンターズ支部長にタコラは言いました。
「わたしの家を訪れて、これをプレゼントしてくれたのは、サンタさん、あなたよ」
「いやいやいや」
サンターズ支部長はそんなはずはないと頭を振りました。
「サンタクロースはみんな同じ特徴をしている、みんなよく似ているんだよ」
「いいえ」
タコラはじいっとサンターズ支部長を見つめ、嬉しそうな微笑みを浮かべていました。
「間違いないわ。あのイブのサンタさんは、絶対にあなたよ!」
「いやいやいや」
サンターズ支部長も頑固に頭を振り、タコラのキラキラした視線に弱り切って、
「そうそう、そのスノーグローブ型のドリームマシーンは面白い使い方があってな、自分に暗示をかけることが出来るのだよ。新人のサンタが自分に自信をつける為にな……」
と話を変えましたが、
「知ってるわ」
と嬉しそうにタコラはスノーグローブを掲げました。
「一生懸命お願いごとをすると、大きな星が回るのよね? わたしが女優になれたのはこの星に願いをかけて、自分に自信が持てたからよ」
と、真剣な目になると、何か一心に念じ始めました。すると、ゆっくり、真ん中の大きな星が回り始め、だんだん速くなると、下の雪を舞い上がらせ、ドーム全体がキラキラ輝きました。
うっとりする眺めです。
それを見ている内に、ハッと、サンターズ支部長が目をまたたかせました。
「思い出した?」
タコラがニッコリ笑って言いました。
「あなたがわたしのことを思い出してくれるように、ってお願いしたのよ?」
「うう、そんな、このわしがそんなことを……」
サンターズ支部長がふらふらしだしたのでミーシャは縛り付けているロープを解いてやりました。支部長は自由になった手で頭を抑えて、「まさか、そんな」と繰り返していましたが、舞い踊る銀色の雪に全てを思い出したようです。
はあーー……、と深いため息をついて。
「そうだ、その通りだ。君の家を訪れたのは、このわしだった……
現役のサンタを引退してデスクワークに引っ込んだわしは、あるクリスマスイブ、無性に子どもたちにプレゼントを配る仕事がしたくなってしまった。
だが、わしは楽しい心を失ってしまっていた……。
それでサンタの本来の仕事はしたいが、サンタクロースとしての自信がなかった。
そこで頼ったのが、その新人向けのドリームマシーンだ。
こっそり出発したわしはリストに載っていない子どもの家を訪ねていったが、家に侵入するたび、それを使って自己暗示をかけていた。大丈夫、わしはベテランの、最高のサンタクロースだ!、ってな。
何軒か回って、上手く行って、自信のついたわしは次に訪れた家でマシーンを使わずに侵入した。勘は取り戻したつもりだったが……、小さな女の子に見つかってしまった…………。
子どもに姿を見られるのはサンタクロースとしては大失態だ。わしはがっかりして、やはり自分は現役に戻るべきではなかったと痛感した。
さて、わしを見つけてしまった女の子をどうするか?
サンタクロースの装備品を一般人にあげてしまうのは規定違反なのだが……、わしは無断でこっそり出て来ておったからな、女の子にサンタクロースを見つけた賞品にそのドリームマシーンをプレゼントしてしまったのだ、
『お嬢ちゃん。これは夢を叶えるお星さまだ。一生懸命お願いしてごらん、きっと、夢が叶うよ』
と言ってな。わしは……、女の子がそうやって自分に暗示をかけて、全部夢の中の出来事だったんだと思うように仕向けたのだ。暗示が強ければ強いほど、暗示のことそのものを忘れてしまうからな。
サンタクロースのくせに……、
子どもの純真な心を利用したのだ…………
支部に帰ったわしは、ことが発覚するのを恐れ、危険な自分自身の記憶をより強力なドリームマシーンで消去したというわけだ。
わしが君のことをすっかり忘れていたのはそういうことだよ。
わしはひどいサンタだ、サンタクロースの資格もない。
すまなかった。許してくれ…………」