失踪
夏休みの浮かれた気分は遠い過去になり、つまらない授業の日々が戻ってくる。進は相変わらず外を眺めている事が多い。授業中以外でも口数は減り、どこか落ち着かない様子だ。それに俊介達の話を聞いていない事が増えた。
みどりさんの件は決着がついたと言うのが少なくとも三人の共通認識だ。休みの日に一緒にみどりさんの所へ行き、特に問題なし。後は本人の好きなように……。そう考えていた
だから何か他に悩みや心配事があるのだろうと思っていた。それについてわざわざ口を出すような野暮な事はしない。悩みがあるなら本人から相談してくるのを待つのが彼等の暗黙のルール。もちろん他のクラスメイトも気にしない。元々自分達のグループ以外にはあまり関心を示さないからだ。
その日も何事もなく給食を食べていた。少し離れた所で食べていた女子が一際大きな声で笑った。
進が振り向くとその中の一人と目があった。進は立ち上がりその女子の所へ歩いて行った。俊介達はどうしたのかと手を止め、様子をうかがった。
「今、俺の事笑ったろ」
「はあ? バカじゃないの。お前の話なんかしてねぇよ」
女子は更に笑った。誰もがそれで終わると思った。俊介達もそいつが進の話をしていなかったのは分かっていた。あいつらが悪口を言う時は必ず本人が居ない所でする。
いつもならそれで進は俊介達の所へ戻って来て、文句を言いながら残りの給食を片付けていただろう。だが進は女子を睨んだまま動かなかった。女子も進の事を睨み返している。俊介は不穏な空気を感じ取った。
「早く消えろ。デブ」
女子生徒がそう言うと進は女子を殴った。クラス全体の時間が止まる。隣のクラスからの笑い声が聞こえてくるほど静まり返っていた。
「俺の事を馬鹿にするな!」
進の叫び声で時間がまた動き出した。俊介達は進を取り押さえ、女子生徒はポロポロと涙を流し始める。クラスは一気に騒然となった。
そのまま職員室に呼ばれた進はその日、教室に戻らなかった。健斗が進の荷物を持って帰ろうとするところ、俊介達は声をかけた。
「進の家に行くんだろ? 俺達も一緒に行こうか?」
「いいよ、俺一人で行く」
俊介は進の行動に戸惑いを感じていたが健斗は怒っているように見えた。女子生徒に対してか進か、それとも健斗自身に対してなのかは分からなかった。
夜になり俊介の家へ電話があった。健斗からだった。
「あいつ家に居なかった……。帰ってなかったんだよ。色々探してみたし、さっき進の家に電話してみたけどまだ帰ってないんだ。あと探してないのはあそこだけなんだ」
健斗の言いたい事はわかった気がする。恐らくみどりさんの所を言っているのだろう。俊介が時計を見ると夜八時を過ぎていた。
「俺、今から行ってみようと思うんだ。まだ孝太郎には連絡してないけど俊介達にも出来れば一緒に来て欲しいんだ」
健斗は多分、進を説得する事になると考えているのだろう。健斗の性格では確かに無理かもしれない。どちらかと言えば無理矢理連れてくる方が得意なタイプだ。
「ちょっと待って」
俊介はテレビを見ている母親の方を見る。父親はお風呂に入ったばかりだ。父さんが居れば少しは男の友情について理解してくれたかもしれないのに……仕方ない。
「母さんちょっと出掛けて来ても良い?」
「こんな時間にどこ行くつもり?」
「進がまだ家に帰ってないみたいなんだ。だからちょっと探してきて良い?」
母親はテレビから俊介へ視線を移す。その目を見て返事は分かった。
「そんなの進君の親御さんに任せなさい。こんな時間に出歩くなんて駄目」
「でも心当たりがあるんだ」
「だったら向こうの親御さんに教えてあげなさい」
確かにその通りだ。だが進の親や大人にみどりさんの事を言うのは何故かマズイ気がした。
「ゴメン。親が駄目だって言うんだ」
「そうか。だったら一人でも行ってくるよ」
「でも明日になれば戻ってくるかもしれないだろ? 明日まで待ってみないか?」
「よくそんな事言えんな! 何かあったらどうすんだ? 友達が困ってんのに見捨てんのか」
「落ち着けよ。進だってそっとしておいて欲しいかもしれないだろ? それにもしみどりさんのとこに居るんなら心配する必要無いだろ」
「……まぁ、そうだな。でもまたあいつが学校来なくなったらどうする?」
「もし明日学校に来なかったら孝太郎も連れて様子見に行こう」
「そっか。うん、ありがと。……何か悪かったな。進が心配だったからさ」
「分かってる。それじゃあまた明日な」
「あぁ、また明日」
俊介はそのまま電話を切ったが正直心配だった。『みどりさんの所に居るなら安心』……本当にそうだろうか。
みどりさんとはまだ二回しか会った事がない。彼女の何を知っているのだろうか。答えは『全く何も』だ。でもだから二回目も会いに行ったんだ。それでどうだった?普通の人だったじゃないか。
俊介の周りで家出した話はこれが初めてだ。だから必要以上に心配なんだ。明日になれば進も普通に学校に来るだろう。俊介はそう考えるよう自分に言い聞かせた。