山吹みどり
女性は微笑みながらゆっくりと近付いてくる。俊介は気まずい思いだった。明らかに小屋を覗いていた所だったので言い訳のしようがない。
だから彼女がスープを置いたまま何をしていたのか。何故こんなにもタイミング良く現れたのか。そんな事は考えなかった。
「あんたがここの住人?」健斗がいきなり切り出して他の三人を驚かせた。全く悪びれる様子もなく、よくいきなり核心をつけるもんだ。
「そうよ。何か御用?」
「マジかよ? 良くこんな所に住めるな」
俊介はよくそんな事聞けるなと感心した。恐らく考え無しの発言なんだろう。確かに健斗にとっては珍しい事じゃない。
「ふふっ、『こんな所』でも住んでみると静かで良い所よ。それよりもみんなこそ、『こんな所』で何してるのかしら?」
四人は顔を見合わせる。何と言うべきか。単なる暇潰しだし夏休みを満喫したかったし怪しい植物も探したかった。
「夏休みだから山の中を探検してました」孝太郎があたりさわりなく説明する。
「そう、何か面白いもの見つかった?」
「えぇ、まぁ」四人はチラリと小屋の方を見た。流石に小屋の発見が面白かったとは言えない。
「そうだ、折角だから家に寄って行きなさい。これからご飯にしようかと思っていたの。一緒にどう?」
確かにそろそろ昼飯にしようと思っていた。だが果たしてこの人は信用出来るのだろうか。頭がおかしいようには見えないけれど……。
「良いね、丁度腹減ってたんだ。俺達も飯にしようぜ」健斗は又もやさらりと答える。俊介がそれでもどうすべきか悩んでいると孝太郎は切り出した。
「ところでお姉さんは一人で住んでるの?」
「そうなの。だからぜひ一緒に食べましょ」
孝太郎は俊介に向かって肩をすくめて見せる。なるほど、相手が一人なら何かあれば逃げる位は出来るか。だってこっちは四人もいるし。そして四人は促されるまま家の中へ入っていった。
外観はボロいが中はそれなり。少し狭いけど家具が無いので子供四人位なら平気だ。女性は奥から木造の椅子を四つ持ってきた。華奢な体の割りには力持ちのようだ。四人はリュックからおにぎりを取り出す。
「スープしか無いけどみんな飲むかしら?」
四人の返事を待たずに女性は奥からスープの入った皿を持ってきた。奥がキッチンなのだろう。
スープの香りが食欲をそそる。一口飲んでみると美味しくてもう一口、もう一口と手が進む。四人はあっという間にスープを平らげた。不思議な味だ。何のスープだろう。
「おかわりは要る?」女性は微笑みながら言う。
「おかわり」進は間髪入れずに皿を差し出した。
「他のみんなは?」
「じゃあ、俺も」健斗も皿を出す。
俊介と孝太郎は顔を見合わす。つい食べてしまったが果たしてこれも食べて問題ないのだろうか。何せ女性は一口も食べていない。
俊介と孝太郎は首を振った。皿にスープを入れて戻ってきた女性は健斗達が食べているのを眺める。
「お姉さんは食べないんですか?」俊介の問いに女性はハッとした。
「やだ、とっても美味しそうに食べるもんだからつい見とれちゃった」そう言って女性は自分のスープを飲み始める。考え過ぎだったかと俊介は思った。
食事を終えるとお菓子を食べながら談笑した。話を聞くと時折町に必要なものを買いに行く以外は全て山で調達しているそうだ。
「そう言えばお姉さんの名前は何て言うの?」進は三杯目のスープを飲みながら聞いた。
「名前? みどりって言うの」
「名字は?」
「名字? 山吹よ。よろしくね」
気が付けばもう日が傾いており小屋の外は一層暗くなっていた。夕食の誘いは断り四人は家路についた。帰り道も四人はなんだか楽しかった。色々な発見があったし帰り道はずっと下り坂だ。
「みどりさん、良い人だったな」進は満足そうだった。
「でも本当に信用出来るかな。名前も山に住んでるのが山吹みどりってちょっと出来すぎじゃね?」俊介は疑問をぶつけてみた。
「もう会う事も無いし良いんじゃね。どうでも」確かに孝太郎の言う通りだ。
確かにあんな山奥まで行く事なんかもう無いだろう。……その時はそう思っていた。