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咄咄怪事

「何をしているの、早くしなさい」


 清音が声を掛ける。


「何を早くしろというのですか」


 智紀は言われている意味を聞き直す。


「まだ気がつかないの?早くしなければ」


 義姉の都が言う。

 智紀は、この二人に言われている状況すらも理解出来ない。


「彼女は既に鬼と化しておりますよ」


 今度は次兄の妻、義姉の和希が声を掛ける。


「一体どうしたんですか?」


「まだ感じ取れないのですか、貴方が考えているよりも黒き物は形を成し始めています」


 都の言葉で、智紀は自分の集中力を高めた。そう、極めて最近に触れた鬼の気が大きくなっている感覚だった。


「でも、母さん達がなぜ?」


 問いかけた智紀は気が付く。三人が実家である神社の巫女服を纏っていたのだ。

 そこで智紀は目を覚ました。

 夢に現れた三人の問い、そして夢の中とはいえ智紀が感じ取った物の怪の感覚は間違いなくあの典明の会社にいた鬼の感覚だった。


 智紀は少し悠長に構えていた自分を恨んだ。時計を見ると夕方の17時を回っていた。

 智紀は典明に電話を掛ける。


「柏木さんどうも、今桐谷さん近くにいらっしゃいますか」


「今日は桐谷は休んでます。どうも体調が回復しないようなんです」


「柏木さん、少し急を要するんで細かい話は後で説明しますから、桐谷さんの連絡先と住所を教えて貰えますか」


「携帯の番号なら分かりますが、住所は人事部の承認が出ないと確認できません」


「そうですか、では携帯の番号を教えてください」


 典明は智紀に里美の番号を伝えた。


「いったいどうしたんですか?里美に何かあったのですか」


「はい…ただ電話での説明は難しいので、連絡が取れ次第また柏木さんに連絡します」


 そういうと智紀は電話を切ったが、なぜだか引っ掛かりを感じていた。

 しかし今はそれよりも急がねばならない、智紀は教えて貰った里美の電話を呼び出す。


「もしもし?」


「桐谷さん?先日打ち合わせにお伺いした荒井です。覚えてますか?」


「はい、そういえば肩の痣が…」


「桐谷さん分かっています。その事で話をしたいのですが今はご自宅ですか」


「はい、自宅で休んでます」


「ご自宅はどちらですか?」


「二子玉川です」


「二子玉川ですか、分かりました。直ぐに折り返しますので電話に必ず出てくださいね」


 智紀の真剣な声色に里美は「はい」と答えると一旦電話を切った。

 なぜあんなに真剣なんだろうと疑問に思っていた。

 智紀は即座にパソコンを立ち上げると、二子玉川周辺の地図を見ていた。


「あった、ここが手頃か」


 智紀は何かを探し当てると里美に電話を掛ける。


「里美さん、お住まいのご住所を教えて頂けますか」


「どうしたんですか、いったい」


「里美さん、ご自分の身体見られました?痣がかなり広がっているはず、説明はお会いした時にしますので」


 智紀は里美から住所を聞くと、荷物を幾つか手に取り車に乗り込んだ。

 二子玉川までの移動の間に智紀は矢継ぎ早に電話を掛ける。


「柏木さん先程はどうも、柏木さんこれから時間はありますか」


「どうされたんですか?」


「これから桐谷さんとお会いするんですが柏木さんもご一緒できないかと」


 智紀は典明に事情を説明しなければならない事、そして先程の電話での引っ掛かりの原因も解っていた為に柏木に同席を求めた。

 同席などという穏やかな物にはならないだろうけれど。


「分かりました、二子玉川駅ですね。支度をして直ぐに向かいます」


 電話を切ると次に蛍子に電話を掛ける。


「もしもし蛍子か、すまん明日からの大阪だが、キャンセルだ」


「智紀!あんたまた勝手な事を!」


「すまん、いつも面倒掛けるな。埋め合わせはするから」


 蛍子は電話の向こうの智紀の声のトーンで、ある事を察知していた。

 智紀と蛍子は大学時代に知り合った。

 智紀が神社の生まれで、大学時代から心霊現象のような物に敏感なのを知っていたし、蛍子は過去に智紀のその力に助けられていた。

 その事も含めて、智紀も普段は普通にしているので蛍子も意識はしないようにしている。

 しかし、智紀がそちらの何かに集中している時は、いつも冗談を言い合う智紀の声や雰囲気とは別人である事も。


「はいはい、分かったわよ。キャンセル料はギャラから引くからね」


「助かるよ蛍子、いつも申し訳ない」


「いいのよ、もう慣れたわよ。とにかく気を付けて」


 智紀は電話を切り二子玉川までの道程を急いだ。





 典明は智紀からの電話を受け、自分のデスクに戻り支度を整えた。

 出張の準備が不十分ではあったが、今は里美の事の方が気になった。

 今が十八時過ぎ、急げば三十分もあれば二子玉川には着ける。

 智紀は会社を出ようと急ぎ足で社内を抜けて行く。


 社内を抜けてホールに出ると菜摘が追い掛けて来た。

 菜摘は典明を取り戻すのは今しか無いと思い、社内を出る典明を追い掛けた。


「典明何処へ行くの」


「これから桐谷の見舞いに」


「私の夕食を断ったのに?里美の見舞いに行くの?」


「桐谷は部下だしな、夕食を断ったのとは別問題だよ」


「行かないで…お願い。典明…里美の所には行かないで」


 菜摘の目には涙が溢れていた。

 典明は躊躇ったがエレベーターの到着音と共に無言で頭を下げてエレベーターに乗った。

 目の前には泣き崩れる菜摘の姿があった。

 扉が閉まろうとする時、菜摘が顔を上げたが典明は、菜摘の顔を見ることが出来ず顔を逸らした。


 菜摘は閉まる扉を呆然と見つめ、そしてまた泣き崩れる。

 ただ、この姿を他の社員に見られてはと化粧室の個室におぼつかない足取りで入った。


 勿論涙はとめど無く溢れてくる。


 両手で顔を覆い、ただただ涙した。


「里美…」


 呟く独り言に呼応するかのように、掌に溜まった涙が固形化する感覚を感じた。

 菜摘が両手から顔を離すとその掌に、


「お面?」


 裏側を向いたそれは、間違いなく面だった。

 菜摘は恐る恐るその面を裏返す。


 菜摘は言葉を失う。鬼、それも何処かで見た事のある鬼の面。

 細い角が二本、そして睨むような目。口が大きく裂けた鬼の顔。


  般若


 菜摘は知識の中にある情報を引き出していた。それは確か般若の面だった。

 菜摘がそう考えていると面は砂のように細かくなり、掌から消えていった。





 会社を出た典明は智紀に電話をした。智紀に二子玉川駅に着く時間を調べ伝える。

 智紀は車を二子玉川駅に向かわせ二人は合流した。

 助手席に座った典明が智紀に問いかける。


「荒井さん、いったい桐谷に何があったんですか」


「柏木さん、柏木さんは心霊現象とか妖怪という物を信じられますか?」


「いえ自分はそういうのは…」


「そうですね、それが普通です。ただ今、桐谷さんに起こっている事、これから目の当たりにする事はそういった類の事なんです」


 典明は言葉を失った。昨日顔を合わせた人間が真剣にこんな話をしている事も。

 また、そんな非現実的な事が起こっているという事も。


「それから柏木さん、桐谷さんとはお付き合いをされてますか?」


「えっ、どうしてそれを…」


「先程電話で話をした時に、桐谷さんの事を里美と言われていたので」


 典明は無意識に里美と言っている事に気が付いて居なかった。

 そして、典明は気が付いた。菜摘が何故、里美の所に行って欲しくないと言ったのか。昼間の電話で無意識に里美と言っていた事を菜摘に聞かれたのだと。


 車は直ぐに里美の家に着いた。

 呼び鈴を鳴らすと里美が出て来た。里美の顔色はやはり良くない。


「桐谷さん、お待たせしました。ご自宅ではご家族にご迷惑になるので外でお話できますか?」


「はい…でも…」


 里美は自分が部屋着でいる事や家族が心配するのでは無いかと返事を濁した。


「里美、大丈夫だよ。荒井さんを信じて」


「柏木さん」


 典明の言葉が里美の背中を推した。


「分かりました」


 そういうと里美は母親と二言三言交わすと外へ出て来た。


「それでは行きましょうか」


 後部座席に里美と典明を乗せると車は動き出した。車は幾つかの路地を抜けて小さな神社の前に着いた。

 神社に着くと、智紀は二人を車内に残し神社の中へ入っていった。

 数分がたった頃、神社の中に灯りが灯るのが車内に残された二人からも分かった。


 智紀が車まで戻ると、トランクから持って来た荷物を取り出し、二人を境内へと誘った。

 境内は暗く、智紀の持つ懐中電灯が照らす灯りを頼りに本殿まで向かった。

 本殿は小さく、十畳ほどの広さしかなかった。

 部屋の四隅には智紀が灯したろうそくが立っていたが、その灯りで部屋には十分な明るさが保たれていた。


「あれ、此処ってどこかで」


 里美はこの室内の景色を何処かで見ていた。記憶を辿るがいつ見たのか思い出せない。

 里美は部屋を見渡して思いだそうとしたがやはり思い出せなかった。


 智紀は二人を室内の中央に座るように促した。二人は言われるままに腰を下ろす。


「荒井さん、こんな所でいったい何を」


「まあ柏木さん、そう慌てないで。じきに鬼が桐谷さんを憑き殺そうと現れます。その為にはこちらに優位な磁場みたいな物があるんですよ」


「鬼?」


 典明と里美は顔を見合わせた。事も無げに鬼と言う智紀の言葉に困惑した。


「ええ、ただお二人が想像する昔話に出て来るような鬼ではありませんよ。鬼は人の心の化身のような物、その姿はもう少し憎悪に満ちた姿をしています」


 そんな会話をしていると四隅のろうそくのうち一本が消えた。

 典明は天井を見上げて、蛍光灯があるのに気が付き智紀に声を掛ける。


「荒井さん、ろうそくでは不便じゃないですか?電気をつけましょうか」


 智紀は消えたろうそくに火を灯し直しながら答えた。


「いえ、ろうそくでなければ鬼の侵入をいち早く確認できないんですよ。昔から風も無いのにろうそくが消えるなんて話ありますよね。あれ、あながち間違いじゃないんです。それにある地方では霊息と言って霊の息を感じる為の道具が訛ってろうそくなんて言われたりしてるんですよ」


 典明と里美は唾を呑み込んで、四隅のろうそくを見回した。

 ろうそくは揺ら揺らと火を揺らし、特に変わった様子は無い。


 智紀は次に入り口に御神酒と塩を両隅に供える。


「これは足止めになるものかな…」


 智紀が入り口の供えを終えようとした時、典明が震えながら声をあげた。


「荒井さん…あれ…」


 指差す方を見ると、ろうそくの一本が大きく揺らめき、消えるというよりは逆に揺らめきながら火を大きくしていた。


「鬼がお見えになられたようだ。よりによって鬼門からとは律儀というか何というか、それに御神酒も塩もやっぱり意味がなかったか」


 智紀は、頭を掻きながらそのろうそくと里美の間に立つように身構えた。


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