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隔靴掻痒

 智紀と蛍子が去った後の会議室で典明は片付けをしていた。

 そうすると里美が会議室に片付けの手伝いに入ってきた。


「柏木さんお疲れ様です」


「お疲れ桐谷、肩の怪我大丈夫なのか?」


「はい痛みも無いですし、そんなに大きな痣という訳じゃないんです」


「何処かにぶつけたのか?」


「そんな記憶は無いんですけど、寝てる間にあたったのかもしれないです」


 典明は正直、心配でならなかった。元々少し間の抜けたところのある里美なので、大事に至らなければと典明は思っていた。


「ところで桐谷、明後日と明々後日に大阪の会場運営との打ち合わせには俺ひとりで行こうかと思ったが桐谷も来るか?」



「行ってもいいんですか!大丈夫です、行きます」


「そうか、それなら木曜からの出張申請を提出しておいてくれ」


 里美は、昨日の昼から典明が自分の事を気にかけてくれているのが嬉しかった。

 典明もまた昨日から里美への好意を一層強めていた。しかし、二人は何処となくぎこちなくなり黙々と資料の整理やテーブルの掃除などをしていた。

 里美が沈黙に耐え切れなくなったのか、典明に声をかける。


「あの柏木さん、よかったら里美って呼んでもらえませんか」


「そうだな、でも社内では流石にな」


 典明はそう言いながら菜摘の事を考えていた。

 菜摘へ早く今の自分の気持ちを伝えなければいけないという事に。






 菜摘は入社当時からの真面目な勤務態度が評価され、既存事業部の責任者を任されていた。

 昨夜の典明との食事から少しずつ膨らむ不安を抱えながら仕事に向き合っていたのだが、典明と里美が同じプロジェクトで仕事をしている事もあり気が気では無かった。

 典明が午前中から会議室に入っているのを知っていたので打ち合わせが終わったら、夕飯の確認をしようとしていたのだ。

 昼食を終えてデスクに戻ると会議室から二人の男女が出てくるのが見えた。見かけない顔だったので典明が依頼した広告会社の担当だと分かった。

 二人が出てきたという事は打ち合わせが終わったんだと思い菜摘は席を立った。


 会議室の前まで行くと扉をノックしようとした時に会議室からの声が聞こえた。



「木曜日から出張?」



 菜摘は二人が出張に行く事を聞き、足が少し震えているのに気が付いた。

 同時に心臓の鼓動も早くなっているのに気が付き、この場を早く離れたいと思い足早にデスクに戻った。

 デスクに戻ると菜摘はパソコンの画面を見つめ、自分がここまで動揺している事に驚いていた。

 典明の部署のイベントの事や出張自体は社内の業務管理ソフトで、菜摘ももちろん確認はしていた。

 菜摘自身も男性社員や典明とも出張の経験はある。典明と里美が出張するのも当たり前の事だと頭では理解していたが、不安が募るばかりだった。

 幸か不幸か、菜摘はその後の二人の会話を聞かずに会議室の前から立ち去ってしまっていた。


 今日が火曜日だったので出張までの今日、明日の間に、自分の気持ちを落ち着かせたい、

 不安を取り除きたと思い菜摘は典明に今日、明日の夜の予定を確認しようとメールを送った。

 そして、同じ社内に居るにもかかわらず面と向かって今すぐ問い質すことが出来ない自分、典明を疑ってしまっている自分、典明と別れる事になるかもしれないことを拒んでいる自分。

 そんな自分に悲しくなり少し涙が零れていた。



 典明と里美は菜摘が立ち聞きした事など気が付かず、会議室の片付けを終えると遅い昼食に出た。

 典明は智紀との打ち合わせ内容を里美に伝えながら木曜日の出張前までの段取りを説明していたところで電話が鳴る。

 菜摘からのメールだった。典明はその場での返信を躊躇い電話を置いた。

 目の前にいる里美を見れば、尚のこと早くに菜摘に別れを告げなければという気持ちはあったのだが、今回のイベントの成功が今後の事業計画の鍵でもあった為、典明はイベントが終わるまではと菜摘と里美に心の中で謝っていた。


 食事中も二人は仕事の打ち合わせを続けていたのだが、里美の顔色が優れないのに典明は気が付いた。


「桐谷、顔色が悪いが大丈夫か?」


「そんなに酷いですか?実はすごく気分が悪くて」


「肩の痣もそうだが、一度病院へ行った方がいいんじゃないか」


「あ、はい、でもその前にトイレへ」


 そういうと里美は典明にすみませんと頭を下げてトイレに立った。

 トイレへ向かう里美を見ていた典明はある事に気が付く。右足の足首の少し上に黒い痣がある事を。

 典明は少し考えてから名刺入れから一枚の名刺を取り出すと電話を鳴らした。


「もしもし荒井さんですか?先程はお疲れ様でした。柏木です」


「柏木さんか、どうしたの?打ち合わせに漏れでもあったかな?」


「いえ仕事の事ではないのですが、うちの桐谷の事なんですが」


「どうしたんだい?」


「今、昼食に出てきてるんですが桐谷の顔色があまりにも良くないのと、桐谷が言っていた痣、足首にもあるんですよ」


「それは本当か?彼女自身は気が付いていないのかい」


「ええ多分、ふくらはぎの下になるので気にして見ないと気が付かないと思います」


「しかし、それは朝の時点では無かった痣だと考えるのが正しいかもしれない」


「どうしてですか?」


「彼女は肩に痣があったと言った。普通に考えると着替えの時などに目に付いたと考えられるよね。であれば靴下やストッキング、スカートを履くときに見えにくいとはいえ足の痣にも気が付くはずなんだ」


「すみません荒井さん、やはり病院に連れていくべきでしょうか」


「いや、人間の体っていうのは敏感だからね。疲れやストレスが体の表面にシミや痣になって出る事もあるらしい。柏木さん、彼女を今日は早退させてあげた方が良いよ」


 智紀は典明を安心させるためにでたらめな事を言った。

 しかし典明は出会った時点で里美の体調の悪さを見抜いた智紀の言葉を信じた。


「分かりました、桐谷は今日、早退させるようにします。ありがとうございます」


 そういうと典明は電話を切り、里美の戻りを待った。

 数分後、里美が戻ってくると典明は里美の額に手をあてて、


「桐谷お前熱があるな、出張もあるし今日は早退した方がいいな」


 里美は額とはいえ典明の手が触れた事に顔が赤くなっていた。


「いえ大丈夫ですよ、イベントの準備もあるし」


「準備は俺たちに任せて大丈夫だから、出張も控えてるし今日は早退するように」


 典明は子供を諭すように言うと里美は「はい」とだけ言って頷いた。



 電話を受けた智紀は事態が思っていたより早く、悪い方へ進んでいるのを感じていた。

 道玄坂で食事を終えて家まで数百メートルという距離まで来た所で典明からの電話を受けた智紀は、自転車の向きを変えてペダルを漕ぎ出す。


「久々に顔を出さなきゃかね、あそこへ」

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