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my favorite シリーズ

I'm interested

作者: 八尾文月

続編というわけではないですが、三崎君視点で書いてみました。

よろしければどうぞ。



三崎裕哉。

公立の進学校に通う高校二年生。

特技兼趣味は菓子作り。

それが俺。

最近気になっていることは…、バイト先である喫茶店に来る、とある客のこと。



大通りから外れた、あまり目立たない場所にある喫茶店。

そこが俺のバイト先だ。

とは言ってもその喫茶店は姉が知り合いと共同経営している店で、事あるごとに手伝いに引っ張り出されている内に気付いたらバイト扱いになっていただけというもの。

給料は出ているから、別に文句もないが。


物静かでシックな雰囲気を意識した店。

アンティーク調の内装は姉の趣味だ。


カラン、と入り口に付けているカウベルが鳴る。

いらっしゃいませ、と言いながら振り向き、入ってきた客が知り合いなのに気付く。

基本的に常連客で成り立っている店だから顔見知りの客は多いが、それとは少し違う知り合いだ。


「原田か」


小動物のように扉の陰から店内を覗いている。

どうして普通に入って来ないのだろうか。


声をかけると、原田は悪戯が見つかった子供のような笑みを見せて店の一番奥の席に直行した。

空いている限り同じ席に座るようになってから、いつの間にか原田専用という認識がされているその場所。

土曜日と、時々日曜日のこの時間帯に、常連の客はその席に座らない。

混んでいると常連客同士で相席してまで、その席を空けておくのだ。

常連以外の何も知らない客が座っていることもあるが、大抵は原田が座るまで席は空いている。

その事実に、原田は気づいていないようだが。


「ご注文は?」


メニュー表を持ったまま、原田に尋ねる。

渡す必要はないだろう。


「いつもの、でお願いします」


原田の注文はいつも同じ。

週替わりのケーキと紅茶のセット。


「かしこまりました」


予想通りの注文を聞いて厨房に入る。

軽食を乗せた盆を持った姉がにやりと笑った。


「この注文、あの子でしょう?」


最近、原田が来ると姉はからかうように笑う。


「店の方、よろしく」


それを無視して店の方を指さすと、姉は軽く肩を竦めた。


「はいはい。あ、ケーキは焼いてあるから」


「サンキュ」


手を洗い、オーブンに入っている焼きたてのアップルパイを取り出す。

原田は、アップルパイは好きだろうか。



原田沙希。

俺と同じ学校に通う同級生。

とは言っても、二年になって原田がこの店に来るまで話したことはなかった。

店で会ったのだって、偶然が重なっただけだ。

普段の俺の仕事は厨房内のことで、ケーキを作ったり軽食を作る手伝いをしていたりする。

厨房は調理担当の小松さんと俺の二人で成り立っていて、それなりに忙しいので店内に顔を出すことはほとんどない。

ただ、初めて原田が来た日は客が多くて俺まで店に出ていたのだ。


俺と顔を合わせた時の原田は面白かった。

大きく見開いた目が、顔からこぼれ落ちるのではないかと心配になるほどだった。

その後、我に返って慌てる様は、今思い出しても笑える。

真っ赤になって、謝って、頭を下げた拍子に椅子にぶつかっていた。

今でも思うが、あれは何に対して謝っていたのだろう。

初日は紅茶だけ飲んで逃げるように帰って行ったが、今では普通に…挙動不審なのは今もか。





実のところ、店で会う前から俺は原田を知っていた。


初めて会ったのは、去年の文化祭の時。

あの日は妙に人から話しかけられることが多く、煩わしくなって人気のないところに避難しようとしていた。

誰もいないだろうと入ったのが編み物が沢山置いてある教室の中で、文化部か何かの作品展示をしているようだった。後で、そこが編み物同好会の展示スペースだったことが分かるが、ただその時は静かな空間が心地よかった。


「これが手作りか。凄いな」


教室を一周し、思わず呟く。

マフラー、レース編み、編みぐるみ。

次々と見ていく中で、展示されているものに値段が付いていることに気付く。作品であり、商品でもあったらしい。

確かにその場にあるものは、買ってもいいと思わせるほど完成度が高かった。


もう一度見て回って、何となく気になった犬の編みぐるみを買った。

愛嬌のある顔をしていて、どこか微笑ましいダックスフンド。今では家の鍵に付いている。

それを持って受付に行くと、女子生徒が何故だか満面の笑みで会計をしてくれた。

その時は名前も知らなかったが、その笑顔は印象に残るものだった。


それからその女子を数回見かけることがあり、彼女の名前を知った。

それが原田だ。


彼女のことを一言で表現すると、砂糖菓子だと思う。

栗鼠とか子犬といった小動物でも良いような気もするが、色素の薄い猫っ毛の髪も常に笑顔でいるところも甘いお菓子のように感じるのだ。

それに何かしら話題に出る時は「何かこう、ふわふわした子」とよく言われている。

小柄な身体と童顔のせいか、それとも思わず見守りたくなるような言動のせいか、原田は同級生の女子に可愛がられているようだった。

だからか、学校では女子の鉄壁のガードが強くて原田に近づけない。



何の接点もないまま学年が変わり、二年になっても同じクラスになれなかったことを残念に思っていたところを店で会うことになったものだから、誰かが仕組んでいるのではないかと思った。

実際は本当に偶然だったみたいで、原田は毎週通ってきてくれる。


同じ曜日、同じ時間帯。

週に一、二度ほど一人きりで来る原田。

そして心底幸せといった顔でケーキを食べ、紅茶を飲んでいくのだ。





紅茶を蒸らして葉が開くまで待つ。

パイは切り分け、アイスを添えた。


原田は、いつも美味しそうにケーキを食べる。

ケーキを口に入れた瞬間、ふわりと解ける表情。

言葉にしなくとも、幸せだということが伝わってくる顔だ。

それを見ていたくて、原田が来る日は厨房から出て店内にいるようになった。

顔は見ていたいけど自分が作ったケーキも食べてほしくて、姉に無理を言って原田が来る時間帯だけ店に立つ。


ケーキを美味しそうに食べる原田の笑顔を見て、一生懸命伝えてくれる感想を聞いて。

来るのを待ち遠しく思うようになって、帰る姿に寂しさを感じるようになって。


いつの間にか、好きだと思うようになっていた。





「お待たせ致しました。ご注文のケーキセットです」


ケーキセットを持って行くと、考え事でもしていたのか原田はぼんやりとした顔で店内を見ていた。


「あ、ありがとうございます」


はっとしたように顔を上げ、机の上に置いてあった本をしまい込む。

ケーキと紅茶をテーブルに並べると、途端に目を輝かせた。


「今日はアップルパイなんだぁ」


原田の目は、既にアップルパイに釘付けだ。

顔が緩んでいるのは無意識だろう。


「いただきます」


「どうぞ」


客も少なく、レジには姉がいる。

だから立ち去ることなくそのまま原田の様子を見ていたが、特に疑問を持つ訳でもないようだ。

と言うか、気付いてもいないかもしれない。


「アップルパイ、好きか?」


「好き、大好き。サクサクトロトロ~」


返事は帰ってきたが、思考半分で答えているのか少しばかりなおざりだ。

うっとりとした顔でアップルパイを食べている原田は、多分そばに俺がいることも頭から抜け落ちているのだろう。


「美味し…」


目を細めて、本当に美味しそうに食べる。


「幸せだなぁ」


呟かれた言葉に、良かったなと返す。

ふわふわとした笑顔が、ただでさえ実年齢より下に見られる原田を更に幼くしている。

それが可愛く見えるのは、惚れた欲目なのか。


ぽつりぽつりと言葉を交わす。

学校で話すこともないから、共通の話題は少ないけれど。

くるくると変わる原田の表情を見るのは楽しかった。


紅茶を飲み干した原田がポットに手を伸ばす。

大きめのポットは少し重くて、原田が持つ前に手に取った。

仕事も放置して傍にいることだし、これくらいのことはさせてもらおう。

空になったカップに紅茶を注ぐと、照れたようにはにかんだ笑みを見せた。

ありがとう、と呟いて、赤くなった顔を隠すように紅茶を飲む。

耳まで赤くなっているのを見て、原田に気付かれないようにそっと笑った。







カウベルの音と共に店の扉が開き、新しく客が入ってくる。

ふ、と溜め息がこぼれた。

この穏やかな空気から離れがたいが、バイト中だ。行かないわけにはいかない。


「頑張って、ね?」


出迎えるために歩き出した時に後ろから声がかかり、驚いて振り返る。

ふわりとした笑顔をこちらに向けてくる原田に、俺も微笑んだ。


「行ってくる」


目を瞬かせる原田の頭を、ぽんと軽く叩く。

言われた言葉が、ひどく嬉しかった。


「いらっしゃいませ」


入ってきた初老の男性は、例に漏れず常連客だった。

帽子を取りながら笑う。


「お邪魔をしてしまったかね?」


「何のことでしょう?」


席に案内しながら問い返すと、彼は笑みを苦笑に変えながら首を横に振った。


「いや、何でもないよ。…コーヒーを一つ、お願いしてもいいかな?」


「かしこまりました」


カウンターに注文を伝えに行く。


居心地の良い静けさのある店内、緩やかに流れる時間、立ち上るコーヒーの香ばしい匂い、上品な常連客。

そして自分の好きな相手がくつろいでくれている、この空間。

幸せだと感じることが出来る場所。

だから俺は明日もケーキを焼くだろう。


彼女がまた来てくれることを願って。




~・~・~・~・~



少年は知らない。

少女が自分に恋心を抱き、会いたいがために喫茶店に通っているということを。

常連客達の間で、恋人未満の微笑ましい二人だとよく話題にされていることを。

更に言うと、姉を含めた従業員達がこの恋がいつ成就するのか賭けているということを。


そんな、現在は今の状況に満足している彼が次の行動を起こそうと思い立つのは、もう少し時間が経ってからだろうが…彼らが恋人となる日が、そう遠くないことを祈る。




読んでいただきありがとうございました。

よろしければ沙希視点の「my favorite」もどうぞ!(宣伝)

ざっくり書いたので、もしかすると話が合わないところがちょくちょくあるかもしれません。その時は笑って許してください…。


三崎君から見た沙希。小動物系です。見ていて危なっかしい子なので、母性本能をくすぐられた女子から可愛がられていたり。知らないところで守られています。

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[一言] 八尾さま 三崎君視点ありがとうございます。早速読ませて頂きました♪ 三崎君視点でもきゅんきゅんしますね♪ 沙希ちゃん視点ではチラッとしか書かれていなかった常連客さん達のお心遣い(^^)沙…
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