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異邦日和  作者: 山本まや
7/8

電車に乗って

夜になって大学から戻ってきた篠原は、柑菜たちにある報告をする。

「いろいろと知人を当たってみたら、国内にもどうやら君たちと同じような人がいるみたいなんだ」

「え?」

柑菜が驚いたように目を見開くと、篠原はそれに頷いた。

「信用のできる人間の伝手をたどって、どこか別の世界から来たと訴える人がいないかどうか、確認してもらったんだよ。そうしたら返答が来た。T56区にある孤児院でそう訴える子供を預かっていると」

「子供……」

「それだけじゃない。G3区にもそういう事例を聞いたことがあるという情報があった。G3区のほうは、引き続き詳しい情報を集めてもらっている」

「へええ……調べてみるとあるもんやなぁ」

「調べる価値があると判断した情報がこのふたつ。情報だけでいえば、もっと数はあったんだ。ただ、君たちの事例とはちょっと違うかなと思ったのは、とりあえずはずしておいた」

「ありがとう、先生」

「でもまあ……実際に会うなりしてもう少し詳しく話を聞いてみないと、本当に君たちと同じ事例なのかは判断できないけどね」

「会いにいけるの?」

柑菜が身を乗り出すようにして聞くと、篠原は笑って頷いた。

「とりあえず、孤児院のほうには連絡を入れてみたよ。本当の事情は説明していないのだけど、その子に会うことができるように手配しておいた」

「さすが、先生」

篠原は手帳を開いて読み返してから、少し渋い顔をする。

「孤児院のほうでは、どうやら親に捨てられた子供として扱っているようだね。違う世界から来たというのは、現実を認めたくないがための狂言だと思われているようだ」

「そうなんだ……」

「なんか切ないなぁ……」

「でも、私たちだって、先生が信じてくれなかったら、病院とか連れて行かれていたかもよ」

「そうやなぁ……」

異なる者を恐れ、弾き出し、迫害する。それは人間の本能のようなのものなのかもしれないと柑菜は常々思っていた。

小説の世界でもそういうものはよく題材にされているし、それはファンタジーだろうが時代小説だろうがあまり変わらない。

そして、現実も、人間が見せる反応というのは小説とそう大差ないと思うのだ。

「ほんで、いつその子供に会いにいくん?」

「三日後ならぼくの体が一日空くから、それでいかな?」

篠原の言葉に、柑菜とイブはそれぞれ頷いた。

「ちょっと心配なんは、昨日追いかけてきたスーツ姿のやつやな……」

ちょっと深刻そうな顔で言うイブの言葉に、柑菜もため息をつく。

あれだけしつこく柑菜たちを追ってきた相手だ。もしも見つかれば、また追われることになるのは間違いないだろう。

「……3日後ならこの辺りにはいないって諦めて違うところを探しているかもしれないけど」

「でも、外に出るってことは、また会うかもしれへんってことやろ」

二人の話を聞いていた篠原が口を挟んだ。

「もし何だったら、ぼくが一人で行って来て話だけ聞いてきても良いけど。考えてみたらそのほうが安全だね」

篠原の言葉に、二人はしばらく考えるように黙り込む。最初に口を開いたのは柑菜のほうだった。

「私、その子に直接会ってみたい。だから一緒に行きたい」

「そんなら俺も行くわ」

「ただ、先生にまで危険が及んだら申し訳ないわ……」

相手の狙いがいったい何なのかがさっぱり解らない。それだけに、万が一にも柑菜たちと篠原が行動を共にしていることが知られた場合、どれだけの迷惑をかけるのかが想像できなかった。

「それは気にしなくても良いよ。嫁もいないし。言ってみれば、身ひとつだから何とでもなる」

「まあ、いざとなったら、俺と柑菜は他人のフリするわ。そしたら相手も先生までは追いかけたりせえへんやろ」

「うん、そうだね。その時はそうしよう」

柑菜とイブは頷きあった。さすがに危険に巻き込むことだけは出来ない。

「君たちはまだ子供だ。大人なぼくの心配なんてしなくていいよ。君たちの心配をしないといけないのは、ぼくのほうだ。君たちには保護が必要なんだよ」

篠原はそう言って微笑んでくれたが、柑菜とイブは頷くことが出来なかった。



三日後、約束どおり、篠原は朝早くから柑菜とイブを連れ出した。孤児院のあるT56区までは、電車で4時間ほどかかるのだという。

乗換えというものがないから、方角さえ間違えなければ、どこへでもたどり着ける。これはある意味、便利なのではないかなと柑菜などは思う。

街は駅の周辺にしかないから、駅からの足を心配する必要もないし。

柑菜たちがいた世界は、地図のすべてを埋め尽くすように、電車が走り、地下鉄が走り、バスが走っていた。そしてその路線の隅々を埋め尽くすかのように、住宅地が、商業施設が建設されていた。

なんと窮屈な世界だったのだろう。

電車は約3時間ほど走った。イブは物珍しそうに窓の外の景色を眺めていたが、柑菜と篠原はその時間のほとんどを本を読んですごしていた。

どうやらここまでは、あのスーツの男の姿は見えないようだった。さすがにもう4日も経ったから、どこか見当違いの場所を探しているのかもしれない。

さすがに本を読むのにも疲れてきて、柑菜も車窓の外に視線を向けた。

駅から離れると、辺りの風景はいきなり殺風景になる。離れたところに住宅などは本当にない。店もない。田んぼなどももちろんなかった。

農地はどうなっているのかと篠原に聞いてみれば、やはり駅のそばにしかないのだという。電車のそばでは育たないような作物や、山の中の木や作物などの資源は、すべて農林水産省が管理しているのだという。

駅の傍にない海の資源も、同じように農林水産省の管理下にあるのだという。

議員は選挙によって選出されるというから、いちおう民主主義なのだろうけど、国の関わり方が、柑菜たちが住んでいた世界とはまったく違っていた。

税金を払っているわけでもないし、選挙権もない子供だから、どれほど社会のシステムが解っているのかと聞かれれば困るのだけど。

少なくとも、授業で習った向こうの社会と、実際に篠原の口から聞いたこちらの社会とではまったく違っているということぐらいは解る。

「あと4駅やなぁ……30分ぐらいかな」

イブが退屈そうに、何十回目かのあくびをする。

「そうだね。30分……というところか」

「駅とか街の名前は愛想なくて変わり映えせんけど……それぞれちゃんと味があるもんやなぁ……」

「それぞれの駅や街には、いちおうコンセプトがあるからね」

「コンセプトかぁ」

「コンセプトが決定して予算が下りれば、新しい街と駅が作られる」

「なるほどなぁ……」

「でもこれって、どんどん増える一方ってこと?」

「あまりにも必要性がなくなった街は、数年に一度の見直しで廃街されるかな。駅も街もすべて更地になる。その駅に伸びていた線路も、次の駅に行くのに必要がなければ消去される」

「へえええ……」

「そこに住んでいた人はどうなるの?」

「引越しするしかないね。街が減るから、また新しい街が作られる。だから、すべての街と駅の数は、いつも同じなんだよ」

「そうなんだぁ……」

「廃街になった街の住人には引越しのための補助金がそれぞれ出るから、実は引越しはさほど苦ではないよ。新しい街に喜んで引っ越していく人もいるしね」

「そっかぁ……」

「これから行くT56区は、孤児院や老人ホームなんかの施設が集まる街だね。役所の出張所なんかも多いし、病院も多い。カウンセラーの事務所もけっこう集中している」

「へええ……」

本当に何もかもが違う。ここはやっぱり、異世界なのだ。柑菜もイブも、改めてそれを感じずにはいられなかった。



「はー、やっと着いたなぁ。4時間はさすがに長い……」

駅から出たイブは、我慢できないといった様子で、大きく伸びをする。

確かに、長距離用の電車でもない電車に4時間も座り続けるというのは、けっこうな重労働だ。

柑菜も大きく伸びをする。

「孤児院は……こっちかな。東南東だから」

確かに……と柑菜は思う。病院のような建物が多い。役所のような無機質な建物も多い。スーパーの数も豊富なのだと思う。この街のコンセプトがよくわかる造りになっていた。

「あれだ……」

篠原が指差したのは、街の一角にあるまるで幼稚園のような建物だった。そこに看板が掲げられている。

『T56地区こどもの家』

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