タイトル未定2026/09/12 10:47
午前零時を回っていた。
博多の裏通り。
看板は小さい。
暖簾もくたびれている。
けれど店の十メートル手前で
鼻が先に店を見つけた。
骨と脂と肉の名残を
巨大な寸胴の中で何時間も何時間も煮詰めた
あの匂い。
決して上品ではない。
むしろ少し臭い。
なのに腹が鳴った。
引き戸を開けた。
眼鏡が曇った。
厨房では寸胴がぐらぐら沸き
白い泡が縁まで這い上がっている。
店主が長い柄杓を突っ込む。
底から持ち上げるたび
濃い湯気がぶわっと噴き上がった。
「ラーメン。カタで」
数分もしない。
目の前に置かれた丼から
湯気が顔へまとわりついた。
白く濁った表面。
細かな脂のドットがびっしり覆っている。
薄切りのチャーシューは
熱で端からゆっくり脂を溶かし
青葱だけが場違いなほど鮮やか。
スプーンですくう。
一瞬だけのやけど。
舌を引っ込める。
もう一度。
少しだけ。
ズッ。
白濁の旨みより先に
熱い脂が唇を湿らせる。
唇をなぞる。
塩気。
舌の奥から鼻へ抜けてくる
濃い匂い。
臭み。
旨み。
喧嘩っ早さ。
次は、箸。
底から極細を一気に持ち上げると
白い湯気が上がってきた。
ズッ。
そのまま。
ズッ。ズッ。
熱く舌のあれこれを擦り
引きずったまま
喉へ滑り落ちていく。
噛めば
芯が歯に抵抗する。
もう一度。
もう一度。
気がつけば
沈黙の空間に擬音だけが躍る。
汗。
鼻の頭に。額に。手指に。
唇には光沢。
チャーシューの楕円を一枚。
持ち上げた瞬間
端がちぎれそうに
くたくたの頼りなさ。
こちらに運べば
案の定ほどける。
胃のあたりに
熱いものが満ちていく。
わたしは
目前で灯っては消える瞬間だけを
追いつづけていた。
そこでようやく
我にかえる。
友人とはじめて目が合った。
視線を店主へ移す。
「替え玉、、ふたつ」
ほんの数十秒。
記憶には
あまり残っていなかった。




