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第2話 蝉

 でも、心残りって何をしたいいんだろう、意気揚々と啖呵をきってしまったけど、行き当たりばったりなのには変わりないしな。


 頭をフル回転させるけど、私の頭は元々高性能な方じゃない。腕を組んで、それっぽいポーズだけで何かを解決できるわけじゃない。


 結局、何も思いつかなかった私はトートバッグを肩にかけ直して、零にここで待ってて欲しいと言い残して足早に家と帰る。


 家の扉を乱雑に開けて、靴箱横にある物置から虫籠と虫網を引っ張り出してまた外へ繰り出す。帰ってきたことに気づいたママが何か怒鳴っていた気がしたけど、そのまま扉を閉めて零が待っている公園に急ぐ。


 暑さも纏わりつく汗も駆けてゆく足音が消して、緑の葉が風に遊ばれて、呼吸が乱れ、髪はボサボサになった時、私は零の待つ公園に着く。


「お待たせ」

「えっと……なんで虫網と虫籠?」


 零は私が持ってきた虫網と虫籠を指しながら聞いてくる。


「なんも思いつかなかったから、とりあえず遊ぼうかなって」

「心残りの手掛かりがないから虫取り?」

「そう。手当たり次第にやっていくしかない」

「あんなに啖呵を切ったのに?」

「うるさいな。ほら、着いてきて」


 私を揶揄う零を睨みつける。ケラケラと笑う姿に胸の奥が暖かくなって、触れられないはずの手の感触がそこにはあるようだった。

 零はふよふよと浮きながら私の横を着いてきて、住宅街を抜けて蝉が取れる空山に行く。

 耳を塞ぎたくなるほどに蝉は命を燃やしながら鳴いて、生きた証を空の下で奏であげる。

 私は虫網を構えて、山の中に足を踏み入れて蝉をばさっと捕まえる。


「おぉ〜、凄いね」


 零が関心するように手を叩き私を讃え、少しだけ距離をとっていた。


「どうして距離取るの?」

「い、いや……」

「あっ、もしかして苦手?」

「別に」

「じゃあ、なんで離れているのかなぁ?」


 捕まえた蝉を手にジリジリと近づくけど、零はその分だけ距離をとって私が近くに来ないように徹底していた。


 これで苦手じゃないって、無理があるなと思いながらも、反応が面白いから零に蝉を近づけようと追いかけ回す。


「ちょ、ちょっとやめて!」

「苦手じゃないんでしょ〜」

「わかったよ、認めるから! 僕は虫が苦手なんだよ!」

「あはは、ごめんね。ほら、逃したからこっち見てよ」

「ほ、本当?」

「うっそ〜!」

「わぁ!」


 目を逸らして、距離をとっていた零は言葉を信じて近寄ってくる。


 私は手の中に隠していた蝉をバッと眼前に見せると情けない声をあげて、零は空へと舞い上がってしまった。


「ごめんって〜、降りてきてよ」

「嫌だね。僕はここから見ることにするよ」


 零は完全にヘソを曲げてしまった。私がいくら声をかけても空から降りてきてくれない。頬を膨らませて、風船のようで風に時折流されていた。零はそれがめんどくさくなったのか、ふわっと私の横に。


「どうしたの?」

「流されるのがめんどくさくなった」

「じゃあ、一緒に虫取りする?」

「僕は見ておくよ」

「そう、じゃあ私がたくさん捕まえるところ見ててね」

「見てるけど、もう近づけないでよ」

「ええ〜、うーん。いいよ、約束する」


 零はそっと私の横で優しく微笑んで、晴れ渡った熱が冷めないで、木陰と一つの影を伸ばしていく。冷たくない風が吹くたび、心は高鳴る。


 日が暮れてきて、捕まえた蝉を逃がして帰路につく。汗が染みついた服と肌は気持ち悪くて、早く帰ってお風呂に入りたかった。


 空は三色に染まって、訪れる夜と星の匂いがすぐそこに迫り、一日の終わりに感傷的になる。


「ねぇ、零はこの後どうするの?」

「ん〜。寝ることもないから朝まで適当にふらつくよ」

「それって楽しい?」

「何も楽しくないよ」

「だよね」


 何気ない会話が空気に溶けこんで、酸素に入り混じって肺を埋め尽くす。零との会話は心地よくていつまでも喋っていたかった。


 でも、時間は有限で必ず消えゆく。そんな世界が愛おしく、零との明日はこれからの生きていく意味を持ち始めて、月明かりが街を照らしていく。


「明日も遊べるよね?」

「成仏してなかったらね」

「じゃあ、また明日。あの公園で待っててよ」

「夏は強引だ」

「四季の一つだからね、力は強いよ」

「どういうこと?」

「私もよくわかんない」

「なにそれ」

「まぁ、なんだっていいよ。じゃ、バイバイ、また明日」

「うん。バイバイ」


 そうやって約束を取り付けて、零との一日が幕を閉じていく。家に帰ったらママが怒っていたけど、私の頭は零と明日だけを思って、言葉の全てが抜け落ち、星の瞬きが終わる頃、私はまたあの公園にいた。


「今日は何しようかな」

「決めてないの?」

「人生は行き当たりばったりの方が楽しいものだよ」

「誰がそんなこと言ったの」

「私」

「じゃあ、信憑性ないね」

「はぁ? バカにしてる?」

「まさか。していないよ」


 零はおどけた様子で円を書くようにくるくると回って、私は視線の先にあるブランコが目に止まる。成長するにつれて、乗らなくなってしまったブランコ。最後に乗ったのは、確か小学生の頃で、あの時は暇さえあれば乗っていた。


 人はそうやって、何かを知らないうちに捨てて成長してるんだな。成長ってのは時に残酷なもので、今日ぐらいは、あの頃に戻って公園で遊ぶのも悪くないかもしれない。


「夏?」

「よし! 決めた、今日はここで遊ぼう!」

「え? ここで? しかも、遊ぶって心残りを探す話はどこへ」

「まぁ、いいじゃん。もしかしたら、これが心残りの可能性があるかもよ」

「かなり確率は低そうだけどね」

「確率なんて、所詮確率だよ」

「出た、夏の謎理論」

「夏が夏に言う謎理論ってね」


 ブランコ、太陽に照らされて熱々になった滑り台、大きかったはずのジャングルジム。

 昔は大きかったはずのものが全て小さくて、私は随分とデカくなってしまったみたいだ。胸にぽっかりと小さな穴が空いてしまったみたいで浅く息を吐く。


「零はさ、公園で遊ぶのが好きな子だった?」


 疲れてベンチに座りながら、横を揺蕩う零に問いかける。


「生きていた頃の記憶は曖昧だけど好きな子だった気がするよ」

「やっぱり全然覚えてないの?」

「自分の名前ぐらいなら簡単に言えるけど、肝心なところが全部抜け落ちてる感じ」

「そっか……なんかごめんね」

「ん? 気にしてないから大丈夫だよ」

「何も気にしなそうな顔してるもんね」

「バカにしてる?」

「してないよ」


 夏風が二人の間を通り過ぎて、瞳の奥を乱反射する太陽の光が心臓の鼓動を早める。

 しばしの沈黙が流れ、私は零の瞳を見つめ、吸い込まれそうな深い黒色に釘つけになって。

「どうしたの?」って優しい声色が感情の糸を揺らし、言えない感情が生まれたことに私は気が付く。

「なんでもないよ」っとそっけなく返してベンチから立ち上がる。太陽を背に夏の匂いがした。

ではまた。

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