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短編まとめ

きょう依存

作者: 碌寺紫葛
掲載日:2025/12/09

お好きな「きょう」を当てはめてください。

 意識が戻ったとき、真っ暗だった。

 でもすぐに、自分が目を瞑っているから何も見えていないだけだと理解した。

目を開けたいのに中々開かない。どうしてだろう。

目をふさがれている?まだ意識がはっきりしていない?

わからないけど、とにかく目が重い。

 チュンチュン バサバサ

 鳥の鳴き声?住んでいたところの近くに、鳥なんていたかな?日中はいるのかも。

あれ?今何時?はやく目を開けよう。

「……あ」

 声が出づらい。どうしたんだろう。ここはどこ?私の家じゃ……ない?

「あ、あー」

声が出づらいのは起きたばかりだから。

目が開けにくいと思ったら、身体全部が重くて動かしにくい。

ここは私の家ではないどこか。でもどこかは分からない。

 目を開けて分かったことはこの3つ。首を動かして周りを見たいのに、難しい。

どうして?どうして、身体が動かないの?

 ガチャ

 扉の開く音。誰かいるの?

「……あぁ」

 誰ですか?と聞く前に手を握られた。よく見えないけど、私がいる場所とドアはそこまで遠くないんだろう。じゃあこの部屋は、大きくない寝室のようなものかな。

「よかった。よかった……」

男の人?手がごつごつしてる。声が低い。まだ顔を見ていないけど、男の人っぽい。

「あ、あの」

「無理しないで。いつもの声が出るまで、ゆっくり、落ち着いて」

そんなにひどい声をしてるの?

 ようやく見えた顔は、やっぱり男の人のものだった。私の手を握ったまま、優しい顔を向けてくる。

「僕の声聞こえる?瞬きはできる?」

 聞こえている。でも身体を動かすのが難しいから、瞬きをゆっくり、1回だけやってみる。

「聴覚は大丈夫だね。思考力もある。やっぱり最優先なのは身体的な」

 ブツブツ何かを言っている。聞きたいことがあるのに、聞いてもいいのかな?

「あ、あの」

「なに?まだ食べるのは難しいはずなんだ。食事以外でなにか欲しいものはある?」

 食べることが難しい状態ってなに?私、怪我をしているの?

どうしよう。聞きたいことが増えていく。

「あなたは、だれ?」

「……キミを」

キミを?私を?

「キミを、助けたい人、だよ」

「そんなに、ひどいんですか?」

「健康とは言えないね。でも、ちゃんと治せるから。安心して」

 怪我をしている。骨折とか?身体全部が動かせないくらいの骨折?なにがあったの?

「お医者さん?」

「……うん。医者だよ」

「お医者さん、私は、だれ?」

「……」

 苦しそうな顔。知り合いなのかな。でも、上手く思い出せない。

「お医者さん、私は、あなたを、知っている?」

「……うん。知っている。僕も知っている。でもキミの状態から考えて、思い出せないことがあってもおかしくない。無理に思い出そうとしなくてもいい」

 苦しそうだけど、ちゃんと説明してれる。本当にお医者さんみたい。

「誘拐、じゃない?」

「ちがう」

 すぐに否定してくれた。じゃあ、誘拐されたわけじゃないのかな。

「ありがとう」

「っ」

「私を、助けて、くれたんでしょ?」

「……うん」

 苦しそうな顔から、泣きそうな顔になった。泣いていいんだよ。

「あなたは、頑張ってる、だから、泣いていいんだよ」

「……あぁ」

 顔を下に向けた。泣いているとこを見られたくないのかな。

自然と、泣いていいんだよって思ったんだけど、嬉しくなかったのかな。

「嬉しく、なかった?」

「違います。違うんです……」

 肩が震えている。お医者さんの方に腕を伸ばしたいのに、動かない。

「キミは、僕のことを思い出せなくても、その言葉を言ってくれるんですね」

どういうこと?

「ごめんなさい。変なことを言ってしまいました」

「いえ。あなたの、気持ちが、軽く、なったなら」

「とても軽くなりました」

 穏やかな笑顔になってくれた。嬉しい。

「では、さっきも言ったけど、無理に声を出さなくてもいい。食事もこちらで用意するし、キミが何かを必要になったらすぐに来るから」

 瞬きを一回。首を動かすのが辛いから、はっきり、意図して動かしたと伝わるように瞬きをする。

 こうして、お医者さんと私の生活が始まった。



 目覚めてからの3日間でわかったことがある。

 まず、私の身体はあちこちが骨折していた。固定されていたり、動かそうとすると激痛が走って、寝たきりでないといけない。

そして、点滴に繋がれているということ。首を動かすことが難しいから、何を点滴されているのかは分からない。お医者さん曰く、寝ている間に必要な栄養、だそうだ。今は目が覚めているということもあり、お医者さんが作った柔らかい食事を口にしている。

 次に部屋について。時計はある。私が見ることができる位置に置いてくれているので、大抵の時間は、時計の針が進んでいく様子を眺めている。

時計があるから大丈夫だけど、この部屋はずっと分厚いカーテンが閉め切っている。ちらっとしか見れないけど、それなりに大きい窓だと思う。

 最後にあのお医者さん。お医者さんは長くても3時間ごとに様子を見に来る。「休憩がてらキミとお話がしたい」とか「ごはんを食べよう。僕も食べるから」とか。

でも、今は違う。もう5時間は経っている。「少し出かけてくる。話し相手ができなくてごめんなさい」と言って、お医者さんはどこかに行ってしまった。鍵をかける音が聞こえたから、本当に外に出かけたんだと思う。

「あ、あー」

 目が覚めた時に比べたら、だいぶ声が出るようになった。まだ身体を動かすのは痛いし辛い。早く治して、外に出たい。でもまずは、お医者さんにお礼が言いたい。

私、ごはん作れるかな?料理得意だったのかな?下手だったら掃除をしよう。私が今寝ているベッドのシーツを洗って、天気の良い日に、外で、ごはんを、食べて。

一緒に、座って、ごはんを……



「ん……うん?」

 あれ?いつの間に寝ていたんだろ。時計は、約2時間進んでいる。この状態になってから、こういう短い睡眠を繰り返している。眠くなって寝るけど、身体が痛くて長く寝れない。でも、今のは長く寝れた方か。お医者さんは……あれ?

「お、お医者さん?」

 お医者さんが寝てる。椅子に座って、身体を私が寝ているベッドに預けて。腰が痛くないかな?起こしたらダメかな?いつ帰ってきたんだろう。

手を動かしてみる。まだ痛いけど、お医者さんに、触りたい。

「うっ……お、おいしゃ、さん」

 痛い。手首を曲げるのが痛い。でも、お医者さんに触りたい。

「お医者さん。お医者さん。お話、しましょ」

 顔に触れた。初めて、ベッドの布団以外に触れた。人の温かさ……冷たい?外に出てたから?お医者さん、寒くない?

「お医者さん、お医者さん、寒く、ない?上着、だんぼう、つけないと」

「……ん……はっ」

 お医者さん、起きた。よかった。……よくない。顔にばんそうこう。怪我してる。

「お医者さん、怪我」

「あぁ、起きてたんだね。大丈夫だよ。食料とか必要なものを揃えようとしたら、トラブルに巻き込まれちゃって」

「だから、遅くなった?」

「うん。僕がここに逃げてきたことがバレないように。遠回りしてきたんだ。そのおかげでバレてない。キミを巻き込まないでよかった」

 私がここにいたらいけないの?どんなトラブル?怪我をするくらいのトラブル?

「……なにも、よくない」

「え」

 私のせいで怪我をするのはよくない。ちゃんと寝れてる?無理していない?外は寒いの?自分を大切にして。

「無理しないで」

「……うん。ありがとうございます」

「ちゃんと寝てる?」

「あんまり。でも、今ここで寝てるときは、安心できました」

「じゃあ、一緒に寝る?」

 お医者さんを寝かせるのが大事。そう思って提案したのに、お医者さんの顔がどんどん赤くなっていく。

「いや、えっと、それは」

「お布団、ある?お話しながら、寝れる、かも」

「いや、でも、うーん」

 両手で顔を隠しちゃった。このベッドで寝るのはできないから、床にお布団を敷いてもらったら、一緒に寝れるでしょ?でも、怪我をしているなら、大きくて重いものを運ばせるのはダメかな。無理してほしくない。

「ダメ、ですか?」

「っ……あ、じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」

「お布団、運べる?」

「運べます。顔にしか怪我はないので!」

 怪我は顔のばんそうこうが貼ってある所だけなんだ。早く治るといいな。

 そう思っていたら、隣の部屋でバタバタと音がしてきた。ちゃんと運んでくれてる。

ずっと私のお世話をしてくれているんだから、私も何かの役に立ちたい。

「じゃ、じゃあ、ここに失礼します」

 首が動かしにくいから見えていないけど、私が寝ているベッドと部屋のドアの間に、お医者さんが消えていった。そこにお布団を敷いているんだ。お話するためにも、早く声を出しやすくなりたい。

「これで、ゆっくり、寝れるね」

「そ、そうですね」

 布団を敷き終わって、顔が見えるようになった。でも、私を見ないで返事をした。嬉しくなかったのかな。ベッドじゃないと寝れない人なのかな?

「おいしゃさ」

「あの!ごはん、用意してきます!」

「はい……」

 行っちゃった。寝る前じゃなくても、お話、したかったのにな。

私はどうして身体を動かせないくらいの骨折をしているんだろう。

点滴はいつ終わるんだろう。

入院しないで、いつ治るんだろう。

ここはお医者さんの家なの?

お医者さんと私は、どうやって知り合ったの?

私はなんで、お医者さんのことを思い出せないの?


私はなんで、病院にいないで、お医者さんの家にいるの?



「うん。これくらいなら飲み込めるね。次は果物のすりおろしかな」

 なにかを呟きながら、ガリガリとペンの音がする。

「カルテ?」

「っ……そう、ですね。キミが寝ている時から、様子をメモしています。職業病ですね」

 お医者さんだもんね。患者の様子を記録するのは当然だよね。

「良く、なってる?」

「元々が重傷だったので、目が覚めただけでも大きな一歩です」

「……いつ、治る?」

「1カ月経って、補助付きで歩行できたら最高ですね」

「そんなに……」

 骨折だもんね。6週間はギプスとか、松葉杖とか、修復期とか、色々あるからなぁ。

「今は、栄養を摂って、安静に。明日は、腫れの具合を見て、着替えをしましょう」

 目が覚めてから1回されている。濡れたタオルで身体を拭いて、全部を着替えるのは恥ずかしかったけど、目覚める前にもされていたことらしいし、自分でできないからされるがままになるしかない。せめて目を瞑って、全部が終わるまで耐えていよう。

「ご飯終わった、から、寝る?」

「あ、えっと、そうですね。片付けと、僕は今から身体を洗ってきます」

「分かった。待ってます」

 笑っているような、申し訳ないような、複数の感情が顔に出ていた。やっぱり、一緒に寝るの、嬉しくないのかも。今からでも移動してもらうべき?

 あ。食器を持って部屋から出て行ってしまった。どのくらいで帰ってくるかな?私には待つことしかできない。動けない。どうして、私はこうなってしまったの?

 ゴンッ ガガーッ

 工事の音?近くで建物を作っているのかな。



 時計の針を眺めていたら、ドアが開く音がした。

「お待たせしました」

「あの、お医者さん」

「はい?どこか痛い?」

「違うの」

私を気遣ってくれてありがとう。それが嬉しいから、私もあなたを気遣わせて。

「一緒に寝るの、嫌ですか?」

「え」

「嬉しく、なさそうな、顔を、していたから」

「……」

困らせてしまった。ごめんなさい。

「嫌なら、お布団、元に戻して」

「ち、違います!」

 私が目を覚ましてから、一番大きな声を出した。違うの?困っているんじゃないの?

「あ、あの、その」

「うん」

「……キミと同じ部屋で、寝たことがなかったので、ちょっと、緊張してます」

「うん?私と、あなたは、付き合っていた、そうじゃないの?」

 ずっと考えていた可能性の1つ。ここまで優しくしてくれるのは、私がお医者さんの大切な人だから。病院にいないのはなんでなのか説明できないけど、とびっきり優しくしてくれるのは、家族か、恋人だからじゃないかと考えていた。

 たまに敬語になるのは、お医者さんとして仕事しているときは敬語なのかなと考えていたけど、私の看病以外でも敬語になっていたから、家族に敬語を使う習慣がない限り、恋人である可能性が高いと考えた。まだ付き合い始めとか、年齢差があるとか、そういう関係なんだと考えていたんだけど、違うの?

「いえ、そんな!付き合っていたなんて」

「でも、私のこと、大事に、してくれて、いるでしょ?」

「それはもちろん、大事です!」

 ほら、敬語になった。看病しているわけじゃないのに。年齢差があるのは本当なのかも。私が年上?だから敬語になる?でも、敬語が外れるのはどうして?

「大事ですよ。大事、ですけど」

「緊張、しちゃう?」

「はい。身体を拭いたりとかは、やるべきことなので、ちゃんとできるんですけど」

「……緊張、するなら、別のところで、寝る?」

 元々、一緒に寝る提案は、お医者さんにゆっくり寝てもらいたいから。それが叶わないのなら、今までどおり別々に寝たほうがいいのかもしれない。

「お医者さん?」

「……い」

「い?」

「い、一緒に寝ても、いいんですか?こんな僕ですけど」

「一緒に、寝ていいって、思ったから、提案、しました」

 一緒に寝るのは、私から提案したこと。提案した時点で、私は何も気にすることはない。むしろ、お話していって、緊張がほぐれて、私が知りたいことも話してくれたらすごく嬉しい。

「……わ、わかりました。寝ます。ここで寝ます!」

 顔が赤い。そんなに緊張しちゃうの?

「じゃあ、今日は、一緒に、寝ましょう」

「は、はい!」

「まずは、緊張を、ほぐすために、椅子に、座って。顔を見て、お話、しましょう」

 ご飯を食べるとき、お医者さんは椅子に座って、スプーンで私にご飯を与えてれる。そのときは慣れた手つきで椅子に座っていたのに、今はぎこちない。

「な、何の話をしますか?」

「聞きたいこと、たくさん、ある。でも、まずは」

「はい」

「顔の怪我、大丈夫?」

 顔だけにばんそうこうがあるらしいけど、怪我の具合は?どうして怪我をしたの?痛くない?

「こ、これは、実は」

「うん」

「両手に食料を持って、急いで帰ろうとしたら、転んで、顔面を」

 それ以上、言葉が続かなかった。でも分かった。食料の入った袋で両手が塞がって、急いで帰ってきたら転んで、手が塞がっているから手を出して守ることができなかった。遠回りして帰ってきたって言っていた。ばんそうこうも買おうとしたから?


「うん。僕がここに逃げてきたことがバレないように。遠回りしてきたんだ。そのおかげでバレてない。キミを巻き込まないでよかった」


 バレないように?なんでバレないように?遠回りしたのはばんそうこうを買うため?おかしい。点滴も、ギプスも、その他にも私の治療のために色々準備があるはず。それなのに、ばんそうこうがない?

「何を、隠しているの?」

「……キミを、守るため。助けたいだけ」

「話して、くれない?」

「……せめて、治るまで」

 何か、外で危険なことがあるのかも。私が寝ている間に何かあったのかも。ニュースが見たい。でも、この部屋にテレビみたいなものはない。

「治ったら、話して、くれる?」

「……頑張ります」

 絶対に言ってくれない。言えなかったとしても嘘にならないような言葉遣いをしている。それ自体は嘘だと思ってしまう。けど、この3日間、私に優しかったお医者さんに、嘘だとはっきり言うのは、少し違う気がする。

「頑張って。ちゃんと、知りたい」

「……ごめんなさい」

「いいよ。今日は、ちゃんと、寝ましょう」

「……はい」

 今は、お医者さんがちゃんと休めるようにするのが先。

 ゴンッ ガガーッ 

「外、うるさい?寝れる?」

 工事中に寝るのは難しいかも。まだお話をしてから。あれ?

「お医者さん、顔が、険しい。どうしたの?」

「……この音、苦手で」

「そうなの?私と、お話、したら、気にならない?」

「はい。お話、しましょう」



これは、

ベッドの上で何もできない女と

部屋の中では何かできる男が

崩れ行く外を無視して、世界を作る物語。

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