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『真理子という名前』  作者: 蔭翁


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第9話 新しい舞台 ――初めての出会い(完全版)




東京駅。

ホームに吹き抜ける風が、少しだけ冷たく感じられた。

佐久間詩はキャリーバッグを引きながら、ゆっくりと歩いていた。

頭上の電光掲示板には「東京」の文字。

見慣れない景色に胸が高鳴る。


「……ここが、全国大会の場所。」


そう呟いた声は小さく震えていた。

期待と不安が入り混じる――それは、初めて“夢の入口”に立つ者の表情だった。


ホームを抜けると、人の波。

スーツ姿の会社員、旅行客、そして同じように大きな荷物を抱えた若者たち。

その中の数人は、すでにSNSで見たことのある“他の地方代表”たちの顔だった。


「……もしかして、あの子たちも?」


詩は立ち止まり、小さく息をのむ。

彼らは談笑しながらも、どこか張り詰めた空気をまとっている。

――みんな、全国を目指して勝ち上がってきた人たちだ。

自分だけが場違いなのではないか、そんな思いが胸を刺す。


それでも、足を止めるわけにはいかなかった。


改札を抜け、指定された送迎バス乗り場へ。

そこでは、スタッフが「全国大会合宿会場行き」と書かれたプレートを掲げていた。


「静岡代表の佐久間詩さんですね? お待ちしていました。」


「は、はい……よろしくお願いします。」


バスに乗り込むと、窓の外にはビル群と秋空。

静岡の穏やかな風景とはまるで違う。

心臓の鼓動が早まるたびに、手の中の切符を強く握りしめた。



---


車窓の中。

スマホの画面には、メッセージ通知がひとつ。


> 星野玲:

「全国でまた会えるね。楽しみにしてる。」




詩の唇が小さく震えた。

短い文なのに、胸の奥が熱くなる。

“玲さん”――あの人と、もう一度同じ舞台に立てる。

その事実だけで、目の奥が滲んだ。


「……負けないから。」


静かにそう呟いた瞬間、瞳に決意の光が宿る。



---


都内某所。

全国大会出場者のために用意された合宿施設――

レコーディングスタジオと宿泊棟が併設された、最新設備のトレーニングセンター。


詩がバスを降りたとき、目に飛び込んできたのは

“音楽の聖域”のような洗練された空間だった。


「すごい……。」


ロビーではすでに他の地方代表たちが集まっていた。

笑い声、楽器の音、スタッフの指示。

その中で、ひときわ目を引く存在がいた。


――星野玲。


白いブラウスに黒のスカート。

立ち姿からして舞台慣れしている。

詩が思わず息を飲むと、玲がこちらに気づき、ゆっくりと微笑んだ。


「来たね、詩ちゃん。」


「れ、玲さん……!」


再会の瞬間。

胸の奥が熱くなり、言葉が出なかった。


玲は穏やかに近づき、少しだけ肩に手を置く。

「おめでとう。静岡代表、お見事だったよ。」


「……ありがとうございます。玲さんのステージ、すごく綺麗で……私、ずっと見てました。」


「そう? 嬉しい。――でも、次はライバル同士だね。」


その一言に、詩の心が高鳴る。

玲の笑顔の裏には、明確な“闘志”があった。

それを感じ取った詩も、少しだけ表情を引き締める。


「はい。負けません。」


玲はその返答に満足げに頷き、去っていった。

その背中は、まるで“女王”のようだった。



---


その様子を少し離れた場所から見ていた人物がいた。

風間隼――前話の終盤で彼女の存在に惹かれた若手プロデューサーだ。


スタッフIDを首に下げながら、タブレットで出場者リストを確認する。

「……やっぱり、あの子か。」


詩の表情を目にした瞬間、隼の中で何かが確信に変わった。

彼は静かに呟く。


「この子、伸ばせる。まだ“原石”のままだ。」


その言葉を聞いた制作助手が首を傾げた。

「風間さん、気になる子ですか?」


「……まあね。スターは、“完成された光”じゃなく、“これから光る予感”を持ってる子だ。」


隼はタブレットを閉じ、視線を詩に向けたまま微笑んだ。

その瞳には、プロデューサーとしての本能的な直感が宿っていた。



---


夕方。

合宿初日のオリエンテーションが終わり、参加者たちは食堂に集まった。

それぞれが地方ごとにまとまる中、詩は少し離れた隅の席に座っていた。


「ねえ、静岡の子だよね? 一緒に食べよ!」


声をかけてきたのは、神奈川代表の田村紗江。

明るく、人懐っこい笑顔。

「うん、ありがとう。」と答えながら、詩の心が少しほぐれる。


紗江は箸を持ちながら言った。

「全国って、ほんとにレベル高いよね。昨日のリハ見た? 玲さん、もう別格だよ。」


「見た……。すごかった。まるでステージそのものが玲さんの一部みたいで。」


「でもさ、ああいう完璧な人がいるから、私たちも頑張れるんじゃない?」


その言葉に、詩はふと笑った。

「うん……そうかもしれない。」


その笑顔は、昨日までの不安を少しずつ溶かしていくようだった。



---


夜。

詩は寮の部屋に戻り、静かに窓の外を眺めた。

街の灯が遠くに瞬く。

静岡では見たことのない、眠らない夜の景色。


枕元には、小さなノート。

それはいつも歌詞を書き留めている“音のメモ帳”だった。


ページをめくりながら、彼女はペンを走らせる。


> 「夢はまだ、形にならない。

でも、確かにここにある。」




その言葉を見つめ、詩は小さく微笑んだ。


「……明日はきっと、もっと歌える。」


部屋の灯が消える。

静かな夜が、ひとりの少女を包み込んだ。


そして翌朝――

全国大会、運命の“初ステージリハーサル”が始まる。



---


(第9話・了 → 第10話「音の始まり ――それぞれの光と影」へ続く)



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