第6話 関東地区大会 ――すれ違う二つの太陽
都会の朝は、熱を帯びていた。
関東大会の会場となる巨大なガラスホールには、すでに人だかりができている。
詩は伊豆からの長旅を終え、胸の奥で小さく息をついた。
「ここが……関東大会。」
地方大会とは比べものにならない緊張感。
スタッフの数も、報道カメラの数も、出場者の気迫も違う。
けれど詩は、負ける気がしなかった。
「ここまで来られたんだから」と、自分を励ますように。
そんな中、ホールの入口がざわついた。
観客も審査員も、誰もが一斉にそちらを向く。
まるで一瞬、空気が透き通ったようだった。
そこにいたのは――星野玲。
ひとり現れただけで、場の色が変わる。
白いワンピースの裾が光を掬い、髪が風に揺れる。
微笑むでもなく、ただ静かに歩くだけで、誰もが見とれてしまう。
詩はその姿に息を呑んだ。
舞台の上の人間ではなく、“光そのもの”が歩いているようだった。
だが不思議と、冷たさはなかった。
むしろその瞳の奥には、他人の痛みをそのまま映すような、温かい憂いがあった。
玲は、誰に対しても同じように微笑む。
愛想を振りまくわけではない。
だが見つめられた相手は皆、自分だけを見てもらえたと錯覚する。
それほどに彼女の存在は、特別だった。
詩の胸に、複雑な感情が生まれた。
憧れ、嫉妬、尊敬――どれとも違う、名づけようのない感情。
「この人には、敵わないかもしれない」
そう思いながらも、詩は拳を握った。
ステージの順番は、偶然にも隣同士。
先に立つのは星野玲、次に詩。
玲のステージが始まると、会場全体が静まり返った。
音が消え、光が玲に集中する。
歌声は穏やかで、柔らかく、聴く者の心を包み込む。
その声に泣く者さえいた。
まるで、人の心の痛みを知っているかのように――。
そして、詩の番が来た。
玲がステージを降りる瞬間、二人の視線が一瞬だけ交わる。
玲が、ほんのわずかに微笑んだ。
その笑顔は「あなたの番よ」とでも言うようだった。
詩は深呼吸をし、マイクを握りしめる。
玲の光の余韻がまだ残る空間で、詩はまっすぐに歌い始めた。
玲のような完璧さはない。
音も震え、息も乱れる。
けれどその不器用さが、聴く者の胸に届いた。
生きるために歌っている――そんな熱があった。
観客の拍手が重なり、会場に温かい風が吹いた。
その瞬間、詩は確信する。
「この人に会うために、私はここに来たんだ。」
――二つの太陽は交わらなかった。
けれど、どちらの光も確かにそこにあった。
観客席で審査員のひとりが小さくつぶやく。
「星野玲が“決まり”なのはわかっている。
でも……あの子も、放っておけないな。」
静かに幕が下りる。
この日の出会いが、後の運命を動かすとも知らずに。




