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『真理子という名前』  作者: 蔭翁


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第5話「誰も知らない地方オーディション」




全国新人女優オーディション――。

本戦を目指し、各地で予選が始まった。

だが地方会場のほとんどは“本命不在”のまま、淡々と審査が進む。

それでも、そこには確かな熱と、名もなき夢のきらめきがあった。



---


【北海道地区】札幌文化ホール


氷点下の外気を背負ってやってきたのは、元スケート選手の橘雪音たちばな・ゆきね

転倒で夢を絶たれた過去を持ちながら、今は舞台演劇に生きている。

彼女のモノローグは、どこか氷が解けるような静けさを持っていた。

「わたしはリンクを失った。でも、光の当たる場所をもう一度選びたい」

審査員の一人が、涙を拭った。



---


【東北地区】仙台市民センター


地方局のアナウンサー志望、**高槻萌香たかつき・もえか**は、訛りを隠さずに自己紹介した。

「わだし、アナウンサーにはなれねがったけど、しゃべることはやめねぇ」

方言の温かさに、観客が笑った。

舞台袖で彼女は「受かんなくても、帰りに牛タン食うからいいや」と笑う。

スタッフがその明るさに思わずメモを取った――「バラエティ枠、要注目」。



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【関西地区】大阪芸術ホール


舞台の上で空手着を着た少女が、いきなり演技を始めた。

「道着の女優」でSNSを賑わせている桜庭ひなただ。

セリフの途中で軽く回し蹴りを放ち、マイクスタンドを倒す。

審査員長が口をあけたまま固まる。

「これも、わたしの“表現”です!」

拍手と爆笑。彼女は後にアクション映画に出演することになる。



---


【九州地区】博多音楽会館


ピアノを弾きながら朗読をする少女。

名は南雲あかり。

父は地元の楽器店を営んでおり、家計を支えるため夜もバイトしている。

「声に音があるなら、音にも心があると思います」

ピアノの一音一音に祈りがこもる。

会場は息を呑んだ。

――彼女は、この物語とは別の新作『光の声』のヒロインとなる。



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【中国地区】広島文化センター


ステージに現れたのは、髪を真っ赤に染めた槙原エミリ。

自己紹介の第一声が、

「この審査、やらせでしょ?」

審査員席がざわつく。

「だって、受かる人、もう決まってるって聞いたもん」

会場が一瞬凍る。だが彼女は続けた。

「それでも来たんです。だって“本当の女優”は、負けても立つから」

沈黙ののち、拍手が起きた。

不器用だが、確かに“魂”があった。



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【沖縄地区】那覇文化会館


地元の小さな劇団で活動する比嘉リナは、風のように軽やかだった。

舞台に立つと、まるで太陽そのもの。

「真理子、ってどんな人だと思う?」と聞かれ、

「影のない人。でも、海の底では泣いてるんじゃないかな」

――その答えに、審査員たちは顔を見合わせた。

彼女だけが、まだ見ぬ“藤堂真理子”の真意を知っていたのかもしれない。



---


地方大会は、夢と現実の交錯する舞台だった。

合格する者も、敗れる者も、

そのすべての涙が――

のちに語られる“真理子という名前”の神話を形づくることになる。



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 次回予告(第6話)


「関東地区大会 ――すれ違う二つの太陽」

伊豆からやってきた少女・詩と、すでに“決まっている”女優・星野玲。

二つの光が初めて交わる関東大会が始まる――。




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