第92話 夜の海辺と秘密の準備
夜の海辺は静かで、波の音だけが穏やかに響いていた。
リオンは赤ん坊ミラを背負いながら砂浜へと降り立つ。
人影はなく、街の灯りも遠くで小さく揺れているだけだ。
慎重に周囲を確認し、リオンは深く息を吸って心の中で唱えた。
《家移転》
その瞬間、静かな波音の中に、セーフハウスが淡く輪郭を浮かべて現れた。
リオンは扉の暗証番号を入力し、中へと入る。
ミラをベッドにそっと寝かせると、パソコンを立ち上げて赤ん坊の食事について調べ始めた。
栄養、分量、哺乳瓶の作り方。
必要な情報を一つずつ確認しながら、倉庫を探す。
ミルク缶や哺乳瓶の材料、布などはすぐに見つかった。
図面に従い、リオンは黙々と手を動かす。
哺乳瓶を組み立て、柔らかい布と素材でおしゃぶりとおしめも作り上げた。
そして、きちんと計量したミルクを瓶に入れ、準備を整える。
すべてが完成した瞬間、リオンは胸の奥から安堵がこみあげるのを感じた。
「これで、少なくともミラの食事の心配はない」
ベッドのミラは夢うつつの中、安心したように小さな手をぎゅっと握った。
その仕草にリオンは思わず微笑む。
夜の海の音が静かに小屋を包み込む。
誰も知らない場所で、二人だけの穏やかな夜がゆっくりと流れていった。




