第87話 西の海を目指して
イアスで安宿を見つけて荷を下ろしたリオンは、久しぶりに心が軽くなっているのを感じた。
戦の気配もなく、人々の顔に笑顔がある。
そんな街は、本当に久方ぶりだった。
「せっかくだし……少し、旅行気分で行ってみるか」
リオンはそう呟き、地図を広げる。
イアスから西へ向かえば、大きな海が広がっている。
そう宿の主人に聞いたのだ。
海。
前世でも何度か見た記憶がある。
けれど、この異世界で見る海はきっと違う。
翌朝。
リオンは軽装で街を出て、緩やかな丘陵を越えていく。
道端には黄色い花が揺れ、空はどこまでも澄みきっていた。
数時間歩き続け、丘を越えたその先、眼下に広がる青の世界がリオンの目に飛び込んできた。
限りなく続く水平線。
光を反射してきらめく波。
潮風が頬を撫で、塩の香りが鼻をくすぐる。
「……すげえ」
思わず言葉を失い、リオンはしばし立ち尽くした。
この世界に転生してから、剣や血や陰謀ばかりを見てきた。
けれど今、目の前にはただ静かで美しい海がある。
波打ち際に降り立ち、リオンは靴を脱いで波に足を浸す。
冷たい潮の感触が心地よく、思わず笑みがこぼれた。
「こんな景色を、あの子にも見せてやりたかったな……」
一瞬だけ、遠い記憶が胸をよぎる。
けれどリオンは頭を振り、波打ち際を軽く走り出した。
「よし、少し遊んだら戻るか。……この国、気に入った」




