第218話 「私が選んだ」
北部山岳地帯の森。
木々の間に差し込む光は柔らかく、精霊の気配も穏やかだった。
その静けさの中でリオンは、ルナと向き合っていた。
狼族の女性、ルナ。
腹部を庇うように手を添え、まっすぐに王を見ている。
「……体は大丈夫か」
リオンが、先に口を開いた。
「はい」
即答だった。
「日本人の医師にも診せました。問題はありません」
声は落ち着いている。
怯えも、迷いも見えない。
それが、逆に怖かった。
「ルナ。俺は……」
言いかけた言葉を、彼女が遮った。
「王。「謝らないでください」
リオンは言葉を失う。
「これは、私が選んだことです」
はっきりとした口調だった。
「命じられたわけでも、脅されたわけでもありません。講義の場で私は自分で決めました」
リオンは、思わず一歩踏み出す。
「だが忠誠心があっただろう。立場の違いも、恐怖もあったはずだ」
ルナは、首を横に振った。
「それは否定しません。私は狼族です。強い者に従うよう、教えられて育ちました。ですが……」
一歩、前に出る。
「それでも選んだのは、私です」
その瞳は、揺れていなかった。
「あなたが王だからではありません。神の子の父だからでもない。一人の男として、
あなたを見た」
沈黙。
森の奥で、聖獣が低く鳴いた。
「私は、後悔していません。この子を、
誇りに思っています」
腹部に置かれた手が、わずかに震える。
だが、声は強い。
「だから、私の選択を否定しないでください」
その言葉は、逃げ道を完全に塞いだ。
リオンは、ゆっくりと息を吐く。
「……分かった。否定はしない。だが責任は、俺が取る」
ルナは、少しだけ目を見開いた。
「それは、私が望んだことではありません」
「それでもだ」
リオンは、視線を逸らさず言う。
「選ばせた環境を、作ったのは俺だ。この国で、王である以上……お前とこの子を守る義務がある」
しばらくの沈黙の後、ルナは小さく笑った。
「……不器用ですね、王。そんな優しい王は狼族は、嫌いじゃありませんよ」
リオンは、苦笑する。
「それは、光栄だな」
森に、風が通り抜ける。
精霊の気配が、一瞬だけ強まった。
だが、何も語らない。
「私は、王に守られるだけの存在ではありません。必要なら、牙も、爪も使います。この子のために……」
ルナは、そう言って一礼した。
「以上です」
背を向け、静かに森の奥へ歩いていく。
残されたリオンは、その背中を見送った。
責任。
選択。
守るという言葉の重さ。
胃が、軋む。
だが今回は逃げたくは、ならなかった。




