第216話 森に集うもの、語られる名
北部の森は明らかに、変わっていた。
「……増えてないか?」
リオンは、目の前の光景を見て呟く。
そこには、以前よりもはるかに多くの生き物がいた。
大きな体躯を持つ、白銀の毛並みのイノシシ。
角が淡く光る、優雅なシカ。
そして、リスや兎、鳥たちがまるで人を恐れることなく森を駆け回っている。
どれもただの獣ではない。
「完全に、聖獣だな」
ガルヴァンの声は、乾いていた。
その中心。
小さな丘の上でゼオンとラミがはしゃいでいた。
「すごーい!」
ラミは、聖獣シカの背に軽々と乗り、誇らしげに胸を張る。
「ほら、ゼオンも!」
「きゃっ」
ゼオンは、聖獣イノシシの背に座らされ、意味も分からず笑っている。
だがイノシシは微動だにせず、むしろ誇らしげだった。
「……完全に、乗せる側が嬉しそうだな」
リオンは、乾いた笑みを浮かべる。
小動物達も、二人の足元に集まり、撫でられるのを待っている。
どう見ても、主を迎える森の光景だった。
リオンは、ゆっくりと視線をガルヴァンに向けた。
「なあ……ひとつ、聞いていいか」
ガルヴァンは、嫌な予感を覚えながら頷く。
「……なんだ」
リオンは、森を見渡しながら言う。
「狼族の神様って、何なんだ?」
その瞬間。
ガルヴァンは、はっきりと顔を歪めた。
そして、腹を押さえる。
「……お前な。今、一番聞いちゃいけない事を聞いたぞ」
「答えろ」
リオンは、逃がさなかった。
ガルヴァンは、深く、深く息を吐き。
観念したように、口を開いた。
「狼族が崇める神は……」
「フェンリル様だ」
沈黙。
風が、森を抜ける。
リオンは、その名を反芻する。
「……フェンリル?」
「北方に伝わる、大狼の神。戦と破壊、そして守護の象徴」
ガルヴァンは、胃を押さえたまま続ける。
「狼族にとっては、始祖にして、最終的な守護神だ」
リオンは、ゆっくりと森を見る。
聖獣。
子供達。
精霊の気配。
すべてが、一本の線で繋がる。
「……待て。じゃあ何か?今、この森で起きてる事って……」
言い切る前に、ラミが元気よく叫んだ。
「リオン! 見て見て!イノシシさん、ちゃんと止まってくれるよ!」
ゼオンは、満面の笑みで手を振っている。
その背後で、聖獣達が静かに頭を下げた。
ガルヴァンは、目を閉じた。
「……リオン。お前、本気で覚悟しろ。狼族の神話が、動き始めてる」
リオンは、額に手を当てる。
「……胃が……また、壊れるな」
森は、今日も穏やかだった。
だがその静けさは、神話の前触れに過ぎなかった。




