第213話 平和の裏で増える講義
北部は、完全な禁足地となった。
精霊の門は存在するが、通れるのは精霊のみ。
その代わりゼオンを巡る信仰は、正式に認可された。
祈りを許す。
神殿も許す。
偶像も許す。
それだけで、王都の空気は驚くほど落ち着いた。
精霊は減り、エルフは議論をやめ、市民は日常へと戻っていく。
ガルリオン共和国は、ようやく平和を取り戻した。
そう、誰もが思っていた。
「王」
静かな執務室。
書類に目を通していたリオンの耳に、低く落ち着いた声が響いた。
顔を上げる。
そこに立っていたのは、狼族の女性だった。
長身。
引き締まった体躯。
背後では、尾がゆっくりと揺れている。
「……何用だ?」
警戒を滲ませて問うリオンに、狼族の女性は一礼し、淡々と言った。
「講義を受けに来ました」
「講義?」
「はい。エルフ族が行ったものです。王への“講義”」
嫌な予感が、背中を全力で殴りつけた。
「……どういう意味だ」
「狼族は、王に忠誠を誓った種族です。ですが我々は、精霊にも、エルフにも劣ると見られている」
一歩、距離を詰める。
「だからこそ……王の近くで学びたい。統治。責任。……伴侶としての在り方を」
リオンの思考が、完全に停止した。
「いや、待て」
「それ、講義じゃなくないか?」
狼族の女性は、首を傾げる。
「エルフ族が良くて、狼族がダメとは……種族差別ですか?」
「しかも、実践を伴わぬ講義など、狼族では意味を持ちません」
詰んだ。
数分後。
ガルヴァンが呼び出された。
事情を聞いた瞬間、彼は両手で頭を抱えた。
「……王」
「お前、信仰を認可した直後に、別方向の信仰を生やすな」
「俺が生やしたわけじゃない!」
「狼族は一直線だぞ!」
リオンは机に突っ伏した。
「……断れるか?」
ガルヴァンは即答する。
「無理だ」
「断れば、“狼族差別”で議会が燃える」
「受ければ?」
「胃が燃える」
リオンは顔を覆った。
その日の夕方。
王都を巡って、正式文書が回覧された。
【王直属講義】
対象:各解放種族代表
内容:統治補助・文化理解
※実践は節度をもって行うこと
誰がどう見ても、苦肉の策だった。
狼族の女性は、その文面を読み、満足そうに頷いた。
「では、次の講義を楽しみにしています」
リオンは、遠い目をした。
平和は戻った。
だが、王の周囲だけは、確実に騒がしくなっていた。
その背中を見送りながら、ガルヴァンは静かに呟く。
「……精霊より厄介なのは、解放された女達だな」




