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スキル《家転移》で元傭兵の俺は静かに笑う。  作者: 山田 ソラ


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209/217

第206話 境界の向こう側

 日本、総合病院。

 

 白い天井の下、リゼはベッドに腰掛け、ゼオンは小さな寝息を立てていた。

 そこに、リオンの姿はない。


『……聞こえますか、リオンさん』

 

 スピーカー越しに、日本側担当官の声が響く。

 リオンは異世界、ガルリオン共和国・王都の一室で無線を握っていた。


「聞こえてる。……診断は?」

 

 数秒の間。


『結論から言います』

 

 医師の声に切り替わる。


『赤ちゃんも、お母さんも、医学的には“人間”です』

 

 リオンは、深く息を吐いた。


「……そうか」

 

 それだけ言うのが精一杯だった。

 医師は淡々と説明を続ける。


『骨格、臓器、血液成分、すべて人間の範疇です。耳の形は個人差の範囲内。特異な遺伝情報も確認されていません』

 

 医師は、少し困惑したリゼの様子をリオンに教えてくれた。

 

 診察中、リゼが震える声で疑問を口にしたという。


「……私、エルフじゃないの?」


「少なくとも、日本の医学ではそういう分類はありません。この日本では、“人間”です」

 その言葉を聞いた瞬間、リオンは確信した。

(やっぱりだ……精霊が居ない!それに魔力が無いんだ!)

 

 理由は、はっきりしている。

 スキル《家移転》。

 

 日本と異世界を繋いでいるのは、家という“物体”だけ。

 魔法も、魔力も、精霊も、境界を越えられない。

 

 いや、正確には……。


(越えた瞬間、この世界との“繋がり”が切れる)

 

 リオンは、王であり、この世界に縛られた存在だ。

 無線越しに、淡々と告げる。


「リゼとゼオンは、日本に残せ」

 

 リゼに言付けを頼みながら、リオンの心は少しだけ揺れる。


「大丈夫だ。日本は、安全だ。精霊も、神話も、日本には入れない」


(ここなら、ゼオンは“精霊王”にならずに済む)

 

 医師の声が戻る。


『事情は承知しています。こちらで責任を持って、経過観察します』

 

 日本側担当官が付け加える。


『リオンさん、日本側の警備は完璧です。あなたには安心して輸出を頑張ってほしい』

 

 リオンは、苦く笑った。


「……だろうな」

 

 後日。


 録画された動画越しに。

 リゼが、ゼオンを抱き上げる。


『リオン、この子……普通の赤ちゃんよ』


「それでいい……それが、いい」

 

 しばらく、沈黙。

 王都の窓の外では、精霊たちが騒がしく集まり始めている。

 

 だが、日本側の無線には、その気配は一切届かない。

 世界が、完全に分断されている。

 

 王都の静かな部屋。

 リオンは、初めて椅子に深く腰を下ろし、天井を見上げた。


(会えない、抱けない、それでも……)


「……守れたな」

 

 誰にも聞かれない、独り言。

 日本という“向こう側”に、息子はいる。

 精霊も、王冠も、宿命もない場所に。

 

 リオンは、王として、父として、その選択を、受け入れた。




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