第204話 「ハイエルフ」と呼ばれるもの
森の朝は、やけに静かだった。
精霊たちの騒ぎが一段落し、参拝者たちも距離を保ったまま待機している。
その中心。
即席とは言え、清められた広場に、エルフたちは集まっていた。
年若い者も、白髪の長老も。
全員が、同じ方向を向いて跪いている。
その先にいるのはゼオン。
リオンの腕の中で、すやすやと眠る、ただの赤ん坊。
「……なあ」
リオンは、居心地悪そうに声を出した。
「そろそろ説明してくれないか」
エルフの長老が、ゆっくりと顔を上げる。
その目は、震えていた。
「我らが古より伝え聞く御名……」
静かな声。
だが、重い。
「ハイエルフ」
リオンは瞬きをした。
「……は?」
長老は、ゆっくりと続ける。
「エルフの中でも、神話にのみ存在する“完全なる存在”」
「森と精霊を束ね、種を導く者」
若いエルフの一人が、声を震わせて付け足す。
「姿を現す時は、神とエルフの狭間に生まれると……」
リオンの思考が、止まった。
「待て待て待て」
「それ、誰が決めた」
エルフたちは、全員が同時に答えた。
「……伝承です」
胸の奥が、嫌な音を立てる。
「……それで?」
長老は、深く、深く頭を垂れた。
「我らは、気づきました」
「この子は……」
言葉を選ぶように、一呼吸。
「我々の神です」
空気が、凍る。
「いやいやいやいや」
リオンは、思わず声を荒げた。
「神じゃない!ただの赤ん坊だ!」
「しかも、俺の……息子だ!」
その言葉に、エルフたちは否定しなかった。
むしろ、穏やかに頷く。
「ええ」
「だからこそです」
「神とは、最初は皆、無力な子として生まれるもの」
リオンは、頭を抱えた。
「俺が神か何かか?なんでそう都合よく解釈するんだ……」
ゼオンが、むにゃりと寝返りを打つ。
その瞬間、周囲の木々が、静かに葉を揺らした。
風は、吹いていない。
精霊たちが、囁く。
『……本当だよ』
『昔の約束』
『忘れてた?』
「忘れてたじゃ済まない!」
リオンは叫んだ。
「誰だそんな約束したの!」
精霊たちは、悪びれずに光る。
『エルフと』
『森と』
『世界と』
「主語がでかい!」
エルフの長老が、静かに視線を上げた。
「恐れておられますか、王よ」
「……当たり前だ」
リオンは、低く答える。
「俺は、国を治めてる」
「宗教は、火種になる」
「まして“神の子”なんて……」
言い終える前に、長老は首を振った。
「我らは、争いを望みません」
「ただ……」
「お仕えするだけです」
その言葉に、リオンは言葉を失う。
(……最悪だ)
(完全に、神話ルートに入った)
腕の中のゼオンが、ふっと笑った……ように見えた。
精霊が一斉に囁く。
『混乱してるね』
『でも、大丈夫』
『王は、君だ』
『神は、この子』
「分業するな!」
森に、リオンの困惑の声が響いた。
こうしてガルリオン共和国は、気づかぬうちに**“神話を内包する国家”**になり始めていた。
リオンだけが、その異常事態の真ん中で本気で頭を抱えていた。




