第199話 夜の飛行と、森になる里
夜。
ガルリオン王都の灯りが、ゆっくりと遠ざかっていく。
王城の裏手。
魔導灯を最小限に絞ったヘリが、低い音を立てて浮かび上がった。
操縦席には自衛隊のパイロット。
後部座席には、リオン一人。
「……頼む」
短く告げると、ヘリは北へ向かった。
王都を離れられないはずのリオンが、夜だけ、ほんの数時間だけ外に出る。
それを許したのは、王としてではなく父になる男としての、わがままだった。
北部山岳地帯。
かつて狼族が暮らしていた里。
闇の中、ぽつりと灯る小屋の明かりが見えた。
ヘリが降りると、扉が開き、女性たちが顔を出す。
ラミを抱っこした狼族の女性。
ドワーフの女性。
そして……。
「……リオン」
リゼが、ゆっくりと歩み寄ってきた。
腹部を庇う仕草。
確かに、そこに“命”がある。
「無事か」
それだけを聞くと、リゼは小さく微笑んだ。
「ええ。精霊が……静かに見守ってくれてる」
リオンは、ほっと息を吐いた。
言葉は多くなかった。
抱きしめることもしなかった。
ただ、同じ夜を、同じ空を見上げる。
それで十分だった。
「……すぐ戻る」
「分かってる」
王であることも、戦争も、外交も。
この場所には、連れてこない。
ヘリが再び浮かび上がる時、リゼは最後に、こう言った。
「ここ……変わり始めてる」
リオンは、その意味を数カ月後に思い知ることになる。
数カ月後。
再び北部山岳地帯へ向かったリオンは
言葉を失った。
「……は?」
そこにあったはずの、荒れた山肌は消えていた。
代わりに森。
深く、濃く、瑞々しい緑。
巨木が自然に道を作り、花が咲き乱れ、
光が葉の隙間から降り注ぐ。
「……ここ、旧狼族の里だよな?」
ドワーフの女性が、呆然と呟く。
「土も……完全に変わってる」
「魔力密度が異常だわ……」
そして。
『きゃはは!』
『こっちだよー!』
妖精。
数十、数百。
空を飛び、枝に座り、水辺で跳ね回り、
完全に遊び場にしていた。
「……増えすぎだろ」
リオンは、乾いた声で言った。
狼族のラミが、ぽつり。
「森が……出来て楽しい!」
リゼは、腹部に手を当て、静かに言う。
「この子が……呼んでるのかもしれない」
その言葉に、ラミ以外の全員が凍りついた。
妖精たちは、リオンを見つけると、一斉に集まってくる。
『王さまー!』
『来た来たー!』
『ねえねえ、森どう?すごいでしょ?』
「……勝手にやったのか」
『うん!』
『だって王さまの場所だもん!』
リオンは、頭を抱えた。
(隠すつもりだったのに……)
(逆に、目立ちすぎてる……)
森は、完全に精霊と妖精の加護を受けた聖域になっていた。
「……ガルヴァンに知られたら、怒られるな」
誰かが言い、誰も否定しなかった。
ただ一つ確かなのは……。
この子は、生まれる前から、世界を変え始めている。
リオンは、遠く王都の方角を見て、
小さく呟いた。
「……頼むから、普通に生まれてくれ」
妖精たちは、きょとんとした顔で答える。
『えー?むりじゃない?』
その無邪気さが、一番怖かった。




