第197話 北部山岳地帯へ
夜明け前。
王都ガルリオンは、まだ眠っていた。
だがリオンは、一睡もしていなかった。
「……ここにいれば、矢面に立つのはリゼだ」
差別の声。
政治的圧力。
そして、“王の子”という存在が持つ重さ。
すべてが、彼女に集中し始めている。
「王として逃げるわけじゃない」
そう言い聞かせるように、リオンは準備を進めた。
向かう先は北部山岳地帯、旧狼族の里。
かつて迫害され、捨てられ、それでも生き残った土地。
今は共和国の直轄地であり、外部の目が届きにくい。
「リゼ」
リオンは、正面から告げた。
「少しの間、身を隠してほしい」
リゼは、驚かなかった。
「……赤ちゃんのため、ですね」
「ああ」
「分かりました」
即答だった。
「怖くないと言えば嘘です。でも……。」
彼女は、微笑んだ。
「守ろうとしてくれる人がいる。それだけで、十分です」
同行者は最小限。
・狼族の女性二人(護衛と生活補助)
・鍛冶と生活技術に長けたドワーフの女性一人
そして。
「ラミも行く!!」
「……は?」
リオンが振り返ると、小さな荷袋を背負ったラミが、仁王立ちしていた。
「だって! リゼ一人で寂しいでしょ!」
「危ないからダメだ」
「王さまズルい! 私だけ置いていくの!」
泣く気配はない。
これは完全に“無理やり付いていく顔”だった。
狼族の女性が苦笑する。
「……この子、聞かないと思いますよ」
ドワーフも肩をすくめる。
「根性は認めるがな」
リオンは、深くため息をついた。
「……絶対に、邪魔にはなるなよ」
「やった!」
ラミは即答だった。
こうして一行は、夜明けとともにヘリで出発した。
旧狼族の里は、山に抱かれるように静かだった。
木造の家屋。
防御を意識した配置。
外界と距離を置くための地形。
「……落ち着く」
リゼがそう呟く。
「森の匂いが、懐かしいです」
狼族の女性が頷く。
「ここは“逃げ場”じゃない。“戻る場所”だ」
その言葉に、リオンは救われた気がした。
数日が過ぎる。
リゼの体調は安定していた。
ラミは山を走り回り、怒られ、また走り回る。
夜。
焚き火のそばで、リオンはリゼと並んで座る。
「……王都を離れて、後悔してるか」
「いいえ」
即答だった。
「ここで生まれるなら、この子は“守られて生まれた”って言えますから」
リオンは、拳を握る。
王として。
父として。
まだ何も始まっていないのに、不安ばかりが募る。
「……必ず迎えに来る」
「最初から、信じています」
その夜、山は静かだった。
だが王都では、**リオンが何かを“隠した”**という噂が、確かに動き始めていた。




