第18話 去り際
追放の宣告から数刻後。
リオンは粗末な荷袋ひとつを肩にかけ、アルベール邸の門前に立っていた。
幼い背には、長男との決闘で得た無言の重みがのしかかっている。
少しの間、アンセルと二人きりになり、リオンは静かに問いかけた。
「なぜ、止めた?」
アンセルは一言だけ答える。
「クラリスは貴方様の復讐は望んでおりません。もう、リオン様には手を汚させるのは……」
門の前には、数人の使用人が集まり始めていた。
それを見て、アンセルとの会話は途切れる。
料理人のマルコは真っ赤な目で鼻をすすり、メイドたちは布の裾を握りしめて泣いていた。
特にクラリスの親友だったメイド、エミリアが声を震わせて叫んだ。
「……リオン様! 本当に出て行かれるのですか?」
リオンは振り返り、いつものように小さく笑った。
「ここにいても、俺の居場所はないからな。でも……お前たちと過ごした時間は、全部本物だ」
泣き崩れるエミリアの頭を一度だけ撫でると、リオンは背を向けた。
決して弱音を吐かず、最後まで笑って見せたのだ。
そのとき、黒塗りの馬車が門前に停まった。
重厚な扉が開き、姿を現したのはレオナルド伯爵だった。
「リオン。お前の決闘、確かに見届けた。堂々たるものであった」
深い声に、周囲の空気が張り詰める。
伯爵はゆっくりと近づき、手を差し伸べた。
「もし望むなら、我が領へ来るがよい。血筋も繋がっている。お前の現状を知り、亡き娘は悲しんでおろう。しかし、お前ほどの力を持つ者ならば、いずれ立派に育つだろう。今なら迎え入れよう」
誰もが息を呑んだ。
追放された少年にとって、それは絶好の庇護と未来を保証する誘いだった。
だがリオンは、その手を見つめたまま、ゆっくりと首を振った。
「ご厚意は嬉しいですが……俺には行く場所があるんです」
「行く場所?」伯爵は眉をひそめる。
リオンは小さく笑い、空を見上げた。
「俺だけの場所ですよ。だから大丈夫です」
レオナルド伯爵はしばし沈黙し、やがて満足げに頷いた。
「……そうか。ならば何も言うまい。己の道を歩め」
馬車が去り、霧の中に消えていく。
リオンは門をくぐり抜け、誰にも見えぬ未来へと足を踏み出した。




