第106話 唐揚げの夜
夜。
狼族の集落は焚き火の明かりに照らされ、戦士たちは訓練の疲れを癒すように腰を下ろしていた。
その少し離れた広場の端で、リオンは小さく呟く。
《家移転》
空間がわずかに揺らぎ、やがて光の中からセーフハウスの扉が現れた。
見張りをしていた狼族の戦士が目を見開き、慌てて族長ガルヴァンのもとへ駆け寄る。
「族長! リオンが……空間から家を出した!」
焚き火の周りがざわめきに包まれる。
リオンは慣れた手つきで扉を開け、その中へと入っていった。
しばらくして戻ってきた彼の両腕には、見慣れぬ金属の道具や武器が抱えられていた。
「これは俺の家にあった武器や道具だ。使い方を教えるから、欲しい奴は手を挙げてくれ」
戦士たちは興奮を隠せず、目を輝かせる。
「こんな精緻な刃物……見たことがない!」
「この鉄筒は、昼間の雷の槍か!」
リオンは口元を緩め、さらに袋を開いた。
中からは白い粉と油の瓶が取り出される。
「それと……今日は特別にご馳走を作るよ」
狼族たちは顔を見合わせ、首をかしげた。
リオンは山岳の道中で狩った巨大なヘビの肉を取り出し、手際よく切り分けていく。
スパイスで揉み込み、片栗粉をまぶして油の中へと投入した。
じゅわっと弾ける音。
香ばしい匂いが焚き火の煙と混じり、夜の空気を包み込む。
「な、なんだこの匂いは……!」
「腹が……ぐぅぅ……」
黄金色に揚がった唐揚げが皿に山盛りにされ、リオンは笑いながらそれを差し出す。
「さあ、遠慮するな。熱いから気をつけて食べろよ」
最初にかぶりついた戦士が、目を見開いた。
「……う、旨いッ!!」
その叫びが合図のように広がり、次の瞬間、戦士たちは唐揚げに群がった。
皿の上はあっという間に空になる。
リオンは満足げに笑い、今度は家から酒の瓶をいくつも持ち出した。
「酒もあるぞ。今日は宴だ!」
肉と酒の香りが夜風に混じり、狼族たちの笑い声が山々に響く。
族長ガルヴァンも杯を手に取り、豪快に飲み干すとリオンの肩を叩いた。
「リオン! お前はもう我らの血族だ! 今日からは狼の仲間として扱う!」
「仲間だ!」「リオン!リオン!」と声が上がり、宴はますます盛り上がっていく。
リオンの膝の上で眠る赤ん坊ミラも、安心したように小さな笑みを浮かべていた。




