第87話 真祖 ヴァン・モリス
四部屋目に続く短い通路の途中に横道があり、そこに待望のエレベーターが!
ところがどっこい、グルゲルが俺に腕を掴みぐいぐいと引っ張ってくる。
「せっかくだ。見て行こうぜ」
「も、もうお腹いっぱい過ぎて胸やけしそうなんだけど」
「食べてから結構時間経ってんじゃねえか」
「い、いや、比喩ってやつでな……」
俺はいかんぞ、とグルゲルと逆方法へ体を向けた。
こ、こいつスカウトだってのに力が強いな。高山さんの細腕にこんな力があるとは思えない。
中身がグルゲルになるだけで、身体能力があがるってわけじゃあないよな。ん、いや、憑依組は皆高い身体能力を持っている。
憑依ボーナスか何かで肉体的な能力が向上しているのか?
俺は憑依組じゃないから、その辺のことはよくわからん……。榊君だったらこの辺りを正確に分析していそう。
「グ、グルゲルさん、あ、あの」
「ん?」
困る俺を見て山田さんが間に入ってくれた。
グルゲルは俺たちと異なる世界の出身だから、ところどころで話が通じないことがあるんだよな。
しかし、山田さんのコミュ力なら何とかしてくれるはず!
「この先、何部屋あるのかな?」
「ん、あと2だ。せっかくなら次の部屋にどんな奴がいるのか見ていきたくねえか?」
「見て、エレベーターに戻ってくるんだよね?」
「んだな。マツイが嫌がってるから仕方ねえ。このメンバーなら最後まで行けそうなんだが、勿体ねえが」
さすが山田さん、俺にできないことをやってくれた。そこに痺れる……以下略。
確かにグルゲルは「見て帰る」って言ったぞ。
そういうことならとっとと見て帰るべし。
ここまで、蒼の王、ナイトストーカー(アンデッド、スピード特化)、ピットフィーンド(上位悪魔)ときている。
三体とも「強さ」という尺度で見たら同格なのかなあ。
777階は各分野か種族での強者が集められているのかもしれない。
四部屋目のボスは人型……いや、ほぼ人間と見た目が変わらないモンスターだった。
こいつはやり辛い。人間との違いは妖艶な唇から伸びる牙と尖った耳くらいのものか。
モンスターはボンキュッボン(古い)な美女で上半身は胸だけを覆う水着みたいな服、下半身は短いタイトスカート、膝上まである黒いソックス? パンスト? にロングブーツというスタイルだった。
目のやり場に困るとはこのこと。
≪真祖 ヴァン・モリス≫
表示名が真っ赤なことはいつものこと。真祖ってあれだろあれ、色んなラノベやゲームで登場する最強クラスのモンスターだろ。
上位クラスのアンデッドとして位置づけられることが多い、吸血鬼の最上位に当たる存在。
ゲームによってはヴァンパイアロードとか呼ばれたりすることもあるとかないとか。
俺のイメージとしては魔法をバンバン使い、超タフで、生命力や血を吸い取る能力を持つ厄介過ぎる敵。
「よっし、見たから帰ろう」
「まさか魔物側で出るとはな……まいったぜ」
グルゲルがモンスターを前に困惑した表情を浮かべている。彼女のこのような反応は初めてだ。
真祖と彼女の間に何か因縁があるのおかもしれない。といっても、彼女の世界での話でディープダンジョンには持ち込まれないのだろうけど。
ボス見学をすましたので通路まで引き、エレベーターのボタンを押そうとしたのだけど、さっきグルゲルが見せた表情が気になって仕方ない。
「あいつはあいつに見えるだけであいつじゃあないか」
めっちゃ気になることを呟いているんだけど、聞こえてる、聞こえているぞ。
しかし、ぼっちたる俺のスルー力を舐めちゃいけない。とても気になったとしても触れないことは俺の日常なのである。
「グルゲルさん、真祖 ヴァン・モリス? と何かあったの?」
今回は見学だけということだったので、山田さんもボス見学についてきていたのだ。
彼女の呟きは山田さんにも聞こえているので、彼女が質問を投げかけてくれた。
「あー、昔の女だ。つっても見た目と能力だけあいつなんだろうけどな」
「グルゲルさんのお嫁さんと戦うなんてできないよ、私は見ているだけだから大きなこと言えないけど……」
「会話が通じるかも分からん。見るだけだったからな。んで、あいつを倒しても翌日にまた復活するんだろ?」
「ヴァンさんのコピーがダンジョンのモンスターになったのかな……?」
グルゲルの女といっても妻ではないと思うけど、そこはまあ置いておいて。
元世界と関係性が深い人が感情も持たずに襲ってくるモンスターとして登場したらショックなんてもんじゃないよな。
しかし、これまでになかった元々人間と友好的? だったモンスターか。
ここは一発。
「モンスターの動き出す範囲の外から呼びかけてみたいんだけど、試してみていいかな?」
「いいかも!」
「オレはどっちでもいい」
二人とも否はないようなので、再び「真祖 ヴァン・モリス」のところへ。
「こんにちはー!」
呼びかけてみたが、真祖からの反応はない。それどころか、凍り付いたかのように瞬き一つしないのだ。
「ダメかあ」
「呼びかけ方を変えてみるのはどう?」
山田さんの提案に乗ることにした。
「どうもお、私、松井と言います。怪しいもんじゃあありません」
「松井くん、それとっても怪しいよ」
あ、そうか、定番の呼びかけと思ったのだが、恥ずかしいだけだった。そして、真祖からの反応はやはりない。
「一定距離まで寄らねえと、時が動き出さないんじゃねえか」
「距離でスイッチが入るまでは完全に止まった状態だってことかあ」
他のモンスターもそうだったっけ。索敵範囲外だと動かないのは同じだけど……どうしたもんか。
「マツイ、死にかけたらオレをヤマダのとこまで引っ張ってくれ」
「グルゲル、近寄る気かよ」
「声をかけるだけだ。オマエが試すとあぶなかっしいだろ」
「そ、それはそうだけど、それなら二人でターゲットを散らそう」
いつものグルゲルと違って危うい感じがしたから、俺も付き合うことにしたのだが……見学だけのつもりだったのにどうして、どうして。