第83話 次行きましょう
誰か一人クリアすればいいって発想なら、最終ボス――ラスボス撃破がクリア条件になる可能性が極めて高い。
もう何度目になるだろうか、イルカの言葉を思い返すのは。
イルカは言った。誰でもクリアできるって。
誰かがクリアできるのを待っていればクリアできる、ともとれるんだけど、それじゃあ、俺がダンジョンを進んでいる時に「この調子なら恐ろしく時間がかかる」とも言っていた。
時間をかければ誰でもクリアできる、イコール、待ってれば誰かがクリアしてくれる、ではない。
決定的に違う点があるんだ。前者は主体が自分で、後者は他者だろ。
イルカのことだから言葉通りじゃないぜ、残念でした、もありうるから無駄な考察かもしれないけどね。
この考えに基づくとラスボス撃破がクリア条件になる、ことに疑問符が付く。
「ラスボスって非戦闘向けの神器を引いたら、クリアできるのかな?」
「神崎くんだったら、再起の杖でも50階のモンスターを倒せると思うわ。忍び足無しでも」
「神崎君は神崎君ってスキル持ってるから……。他の生徒だったらスキル無しじゃ50階でも難しいよね」
「私は無理そう」
山田さんのことだ。どこかの回で挑戦したんだろうなあ。今回彼女が50階に挑戦していないことから、どんな結果になったのか分かる。
その証拠に彼女に暗い影が落ちていた。
ううむ、と腕を組み考えを整理していたら待ちきれなくなったのか、グルゲルが口を挟んでくる。
「んで、ディープダンジョンを終わらせるには、が分かったのか?」
「現時点では何とも言えないけど、ここまでのダンジョンの構造とモンスターの強さから可能性は二つのうちどっちかかなって」
「お、オマエの考察ってやつはいつも有益だ。聞かせてくれ」
「想像でしかないから、その点注意してくれよ」
ち、近い。グルゲル、顔が近い。今は高山さんの体なんだから、その点を考慮してくれよ。
口に出して注意したら、それはそれでからかわれて余計近くに顔を寄せてきそうだから何も言えん。
あ、あと、山田さんも食い入るように耳をそば立てるのはいいのだが、手に力が入っており、その手が俺の腕を締め上げている。
これほどうれしくないボディタッチは初めてだ。そもそもボディタッチされた記憶がないとか突っ込みは受け付けないぞ。
「しゃ、喋り辛い」
一歩体を引き、なんとか自分のATフィールドを確保する。「心の壁」が機能していない。あ、心の壁は他人との壁を作るスキルじゃあなかったわ。
「ひ、一つはクリア条件が複数あるケース。もう一つは討伐以外のクリア条件のケース。誰か一人がクリアしたら全員クリアになるのか、は半々かなあって」
「それぞれ持ってる技能が違うから、達成条件が個人単位で異なるってことか?」
「その可能性もあるかな。スキルや引いたガチャに関わらず、複数あるクリア条件のうちどれか満たせばいい、って感じの方がゲームぽいかなって」
「どっちにしろ、自分の技能に合わねえもんは達成できねえから一緒か。オレには鉱石から剣を鍛えることは無理だからな」
それぞれ引いたガチャによってできることに制限がつくわけだから、クリア条件を複数用意するってのは自然な考え方だ。(誰でもクリアできる前提)
もう一つの討伐以外のクリア条件ってのは、どのガチャを引いてもクリア可能な課題と考えている。
グルゲルと入れ替わるように今度は山田さんが疑問をぶつけてきた。
「討伐以外のクリア条件って、みんな持っている技能が違うから、技能に関わらないゴールが用意されてるかもってことだよね? どんなものなのだろう」
「う、うーん。パッと思いつかないなあ……」
「誰でも……松井くんの1階の情報があってこそだけど、一定日数以上経過する、とか、自動販売機で一定数注文するとか」
「その線だと、ダンジョンに一定時間以上滞在するとか……」
山田さんの意見に合わせて俺もアイデアを出してみたけど、しっくりこない。
対するグルゲルの意見はシンプルだった。
「ラスボス? だっけか、そいつを倒してみてから考えりゃいいんじゃねえか?」
「複数クリア条件がある場合は、ラスボス討伐が条件の一つである可能性が高い、だから、倒してみるか」
「小難しいことは分からねえが、行くことができる場所にいるモンスターを全部倒せばいいんだろ」
「脳死過ぎるだろ……」
苦し紛れの言葉を吐いたが、現時点で最もやり方が分かりやすいルートであることは確か。
「何も考えずに進めと言ってるわけじゃねえぞ」
「ほ、ほほお。その心は?」
「進めばエレベーターがあるかもしれねえだろ?」
「あるかないかは出たとこ勝負……って、エレベーターを感知できるんじゃないの?」
彼女の言わんとしていることは重々理解した。
つまりだな、このまま戻るのだったらクッソ長い竪穴を登らないといけないのだ。
ミレイの魔法があれば、体がふわふわとなるから壁を蹴って上へ上へ進むことができるはず。
理屈の上ではいけそうなのだけど、実際やるとなれば不安が残る。
それならエレベーターを使った方が安全確実、かつ、体を動かさずに帰還できるだろって言っているわけだ。
といっても、捕らぬ狸の皮算用なら進み損になる。
青の王クラスのモンスターが先に控えているのだから、エレベーターがあるとわかっていないと進みたくないよね、うん。
青の王はマーモと相性の良い相手だったので、倒せた。777階はモンスターの強さが段違いなんだよな、多分。
何も俺たちが先陣きることもないんじゃない?
「あるな、エレベーター。二部屋先だ」
「二部屋ってことは二回ボスがいる?」
「んだな、オマエのことだ、エレベーターから先の部屋にはいかねえんだろ?」
「まだ先があるんだ……山田さんはここで待っててもらったら安全かな?」
おう、と彼女が大変良い笑顔で返してくれた。
「敵が強いから、協力してくれよ」
「まあ、ほどほどにな」
「えー……」
「行こうぜ」
肩を抱かれぐいぐいと進まれ、彼女に引きずられるように体が動く。
「山田さん、行ってくる」
「き、気を付けてね」
「き、きっと、俺だけじゃなく山田さんにとってもいい情報になるはず……」
「う、うん、危なくなったらすぐ逃げてね。回復は任せて」
そうだった。山田さんが控えていてくれるなら、大怪我しても生きてさえいれば全快できる。
気が進まないけど、行くか。