第74話 あるよー☆
自室に戻り、ふうと一息つく……なんだかいつもの日常が戻ってきたみたいで落ち着く。
ゆっくりとシャワーを浴び、風呂に浸かる。
「ふうう、生き返るわあ」
「たのしー☆」
ミレイもいつの間にか風呂場に入っていて湯船の淵に座りお湯をちゃぷちゃぷやっている。
彼女と異なり、マーモに対してはむんずと掴んで風呂場に運ぼうとしたのだが、前脚でピシッとされ拒否された。
一度システムにしまい込んで出したら体の汚れも落とせるのだろうか?
そのまんま出てきそうな気がする。
「羊も一度さっぱりしてもらいたいけど、ダンジョンでしか出せないからなあ」
ダンジョン内には水栓がないから、水浴びさせることは難しい。
「ふいいい」
部屋には誰もいないから、すっぽんぽんで浴室から出て、冷蔵庫を開ける。
瓶入りのコーヒー牛乳にしよう。
「ごくごく、ふううう」
風呂上りのコーヒー牛乳は格別だぜ。
「それうまいのか?」
「うん、特に風呂上りは……え? きゃああ」
いつもの裾の長いスカートの制服姿のグルゲルが腕を組み立っていた。
見られた恥ずかしさとかじゃなくて、ホラー的な悲鳴だよ、これは。
風呂を出て呑気にコーヒーを飲んでいたら突如声をかけられたんだぞ。驚くってほんま。
「同じ男だろうが」
「い、いまの体は女子じゃないか」
「見たいのか? 下着くらいならルイも許してくれるだろ」
「なんでそうなるんだよ! 叫んだのはビックリしたからだよ」
はあはあ……つ、疲れるなあもう。
山田さんから許可しない限り部屋の持ち主以外は入ってこれないと聞いていたんだが、これいかに。
ん、部屋の窓が開いている。
「窓から入ったのか?」
「そうだぜ。扉は入れねえようになってるからな」
「えー、どうやって窓から……」
すたすたとテラスに出て、外を見渡す。切り立った崖のでっぱりのようなところに洋館が建っている。
んで、テラスから隣のテラスに行こうとなると手すりを伝って移動しなきゃならない。手すりは足を乗せて立つには細すぎるから、バランスを取るには困難だ。
一歩でも踏み外すと、崖の下へ真っ逆さま。まともな神経の持ち主なら、テラスを伝って移動しようなどと思わない。
グルゲルは普通の神経の持ち主じゃないから、俺に会うためにわざわざ窓から来たのかよ。
「つ、次からは呼び鈴を鳴らしてくれ。呼び鈴のボタンを教えるから」
「あー、松井くんだ! きゃ、きゃあああ」
「や、山田さん! ご、ごめん」
何というタイミングの悪さだ。お隣の山田さんがちょうどテラスに出ていたらしい。
生まれたままの姿でテラスに出ていた俺が悪いんだけど、元はと言えばグルゲルが窓から部屋を訪れたのが原因じゃないか。
慌てて服を着て、再びテラスへ。
「山田さん、さっきはごめん、30分後くらいに少し時間あるかな?」
「うん! いつでも大丈夫だよ!」
思うところがあって、俺にしては珍しく自分から彼女を誘う。
テラスから自室に戻ると嫌らしい笑みを浮かべたグルゲルにぽんぽんと背中を叩かれる。
「すまんな、オマエも一応男だったのを忘れてたわ」
「ん、どういうこと?」
「あの女とお楽しみなんだろ、邪魔しちまった」
「……勘違いが甚だしいが、説明するのも面倒だ。やることやってとっとと終わらせよう」
「おう、分かった」
「だあああ、待て、違う!」
スカートをたくしあげようとするな! 一言たりとも見たいなんて言ってないだろうが。
高山さんが元に戻った時、気まず過ぎる。
自分を落ち着かせるためにも、紅茶でも淹れてくるか。
「その辺に腰かけておいて」
「あいよ」
野性味溢れるグルゲルが紅茶を飲むかは分からんが、レモンやミルクも持って行こう。
テーブルに紅茶ポットとティーカップを置き、自分も腰かける。
「世界の書の話を聞きにきたんだろ?」
「お、そういや、その話もあったな」
「ん、他に何かあったっけ?」
「オマエがショートカットを進むにはどうすりゃいいか考えるんじゃなかったのか?」
えー、それはもう諦めており、とか言えねえ。
グルゲルは俺と同じソロ気質で、基本他人にあれやこれや関わってこない。それが、一緒に俺のために考えようと言うのだ。
「いいえ、結構です」とさくっと返答することはできん。
「どっちから話をしようか」
「そらもちろん、ショートカットだろ」
「750メートルだから、75階層くらいじゃないか。歩いて降りてもいいかなって。途中にエレベーターもありそうだし」
「この先もショートカットがあるかもしれねえぞ。今回は75階層かもしれねえが、ショートカットは『お試し』なんじゃねえか?」
グルゲルの言葉にハッとなった。
ダンジョンを進むと新しいギミックが出てきている。エレベーターから始まり、100階の罠、そして休憩所。
エレベーターは最初規則的に、んで切れ目の100階で何かあるというのは分かりやすい。そこから、中途半端な階のボス部屋に罠だろ。
そしてショートカットの出現となる。
グルゲルの言葉を借りると初めて出てきたギミックは「お試し」……つまり分かりやすいんだ。次からはもっと複雑で嫌らしくなる。
最も御しやすい初回のショートカットを避けていたら、次回以降にショートカットを使うことが必須となった時に詰む。
「んー。でもなあ……」
「オマエのことだ。普通の手段は既に検討済みなんだろ。オマエの普通じゃないと思う手段はどうなんだ?」
「あ……ディープダンジョンならではの手段か」
「んだ。浮遊石とか重力魔法とかねえのか?」
しれっと出てきた「浮遊石」とか「重力魔法」ってグルゲルの世界にあったものだよな、きっと。
それならディープダンジョンにある可能性も高い。
アイテムはきっとスキルで作成するのだろう、もう一方の魔法は魔法系の職業へ転職すれば使うことができるようになる?
どっちも今の俺には持ちえないものだよなあ。
ん、魔法か。魔法といえばバフも魔法だ。
「ミレイ」
「はーい、ミレイだよー☆」
「穴に落ちた時にゆっくりと落ちるようにできる魔法があったりしない?」
「あるよー☆」
お、おお。あるのか!
飛べないにしてもゆっくり落ちることができるなら、エレベーターで下の階に行くのと似たようなもの。