第72話 やるかモ?
「一回(洋館へ)戻ってみるか?」
「戻らないにしてもちゃんとエレベーターが来るか確かめたい」
今までは規則的な階層にエレベーターがあった。100階の次は143階だなんて誰が想像できようか。
予想外となった時にはちゃんと確かめておかねばならん。
エレベーターのボタンをぽちっと押し、その場に座り込んでぼーっと到着を待つ。
コツコツ、コツコツ。
うおおお、って声が聞こえるかと思ったら、さっきから、壁を叩く乾いた音が聞こえる。
なんぞ、と思い音のした方へ目をやると、カラスが激しくダンジョンの壁を突っついていた。
「一体どうしたってんだ? 餌ならあるぞ」
「くああ!」
声をかけたら激しく威嚇してきやがる!
一体何なんだよ、もう。
面食らう俺にグルゲルが応えてくれた。
「クアーロ、その壁はダンジョンの構造だ。さっきみたいに抜け穴にはなってねえぞ」
「ん、カラスはこの壁の奥に何かを見つけたってこと?」
「一応そうなるのか。この壁の向こうだけ空洞になってんだわ」
「へえ。他はそうじゃないの?」
グルゲルによると空洞になっているのは、カラスが突っついている壁の向こうだけで、他はそうじゃないらしい。
ダンジョンって地中にあるものだから、壁の向こうは土で埋まっていると考えると自然か。
ディープダンジョンはダンジョンというより、巨大な建物の中みたいな印象を受ける。構造が毎日変わるし。
ダンジョンより塔とかの方が想像しやすいんだよなあ。
「んー、俺には違いは分からないな」
コンコンとノックするように壁を叩いてみるも、向こう側が空洞のところとそうじゃないところの音の違いはまるで分からない。
ん、マーモが俺のズボンを爪で引っかけ引っ張っている。さっきリンゴを食べてたよな?
『やるかモ?』
「ん、リンゴじゃないの?」
『くれるのかモ?』
「渡すのはいいけど、やるって何を?」
言ってから気が付いた。ま、まさか、こいつ。
マーモが蛍光灯を構える。
ぶおんぶおん。
ダンジョンの壁の一部が長方形に斬られた。
「老師、やべえな。壁を斬るとか常識外れもいいところだぜ!」
ひゅうと口笛を吹いたグルゲルが切れ目の入った壁を足の裏で蹴る。
ズズズと壁の一部が動き、空洞? の中に落ちていった。
落ちた後の地面にぶつかる音がしなくて、すんげえ怖いんですが。
カラスとグルゲルの感知? した通り、壁の奥は空洞になっていた。吹き抜けになっているのかなあ。
恐る恐る空洞を覗き込んでみると、真っ暗で何も見えなかった。
空洞はダンジョンの外だから明るくないのかな?
もっと上の階層から空洞が続いているのか、下の階層まで繋がっているのかも分からない。
ただ、壁の一部を落としても地面に着弾する音が聞こえなかったことから、飛び込むとろくなことにならないのだろうと容易に想像できる。
「飛び込んでみるか?」
「いやいや、落ちたら死ぬって」
グルゲルよ、なんてことを口走るんだ。空洞はヤバいですって一目瞭然だろ。
そこに命綱もなしに飛び込むなんてありえない。
ん、命綱? 様子を見る手段があるじゃないか。いや、中にモンスターが潜んでいるって展開もあるかもしれないじゃないか。
「待ってろ、オマエのことだ。罠やモンスターがいねえか気にしてんだろ」
「あ、いや」
俺やグルゲルが飛び込むって話じゃあないからな。さすがのグルゲルでもそこは分かってるだろうて。
そうだよ、罠やモンスターがないんだったら、カラスならば飛べるし様子を見るくらいならできる。
俺の答えも聞かず、その場でどかりと座り、あぐらをかいたグルゲルが目を閉じ集中状態に入っていた。
水でも飲んで待つとするか。
うおおおおおおお。
エレベーターの雄々しい声が近づいてきて、到着した。
しかし、グルゲルはまだ目を閉じたままだ。階層全体を調べる時より長いんじゃないか?
「こいつは……理屈が分からねえ」
「ん、どういうこと?」
ようやく目を開けたグルゲルが開口一番、彼女にしては珍しく困惑した様子だった。
「上には空洞はねえ、すぐに行き止まりで壁だ。しかし、下は読み切れねえほど深い」
「ひえええ。罠やモンスターは?」
「いないな。空洞の広さは、そうだな、オマエが連れていた羊ならギリ入るくれえだ」
「広いと言えば広いけど、モンスターを詰め込むには狭いか」
う、うーん。何なのだろう、この空洞。
ローグライク型ダンジョンにするために必要な空洞なら、1階から底まで続いているだろうし。中途半端に143階から底が見えないほど深い空洞となるとダンジョンの構造を作り変える仕組みとは関係なく思える。
「そうか、『関係ない』んだ!」
「お、何か気が付いたのか?」
「マーモでもここの壁以外は斬れないんじゃないかな」
『斬れないモ』
マジかよ。試していないのに斬れないって分かるのかよ。すげえな、このマーモット。
彼の回答で確信した。
「この空洞は隠されたショートカットだと思う」
「ショートカット?」
ゲームをやったことがないだろうグルゲルにはいまいちピンとこないみたいだ。
「どこまで続いているか分からないけど、空洞の底まで下りたらここと同じように壁を破壊してダンジョンに入れるんじゃないかって」
「広いだけの面倒な階層をすっ飛ばせるって考えたわけだな?」
「そそ、近道のことをショートカットって呼称したんだ」
「そうか、なら行くか」
「待って、マジでそのまま突っ込むのは待って。グルゲルなら何とかなるかもしれないけど、俺じゃ無理だよ」
「しゃあねえな」
空洞に飛び込もうとするグルゲルの肩を掴み何とか思いとどまってもらう。
すかさず彼女に行くことができない理由を説明する。
「今すぐ飛び込めない理由は二つある。一つは安全に降りる手段を今持ち合わせていないこと。もう一つは底が行き止まりだった場合に空洞を登る手段がないこと」
「壁を蹴りながら降り、壁を蹴って登ればいい」
「無理だって! どこの超人だよ」
「そうか?」
「無理です、絶対に無理です」
はあはあ……。一流のロッククライマーでも登るのはともかく、降りるのは不可能だって。