第7話 裏2 山田ひまり
――山田ひまり。
松井くんを見失ってロビーでしばらく待っていたのだけど、もっと早く彼を追いかければよかったのに、とぐるぐると考えが巡っちゃって。
こんな時こそ冷静にならなきゃって過去の経験を思い出し、部屋に戻ってシャワーを浴びることにしたの。
「う、うう」
ドライヤーで髪を乾かしながら、情けない声が出てしまう。
また次回、松井くんを追いかければいいや、との考えがよぎり、ブンブンと頭を振る。
安易に戻ればいいという考えは危険よ。次、また次、とこれまで一度でもうまく行った? そうじゃない。
それに誰かが亡くなる姿も、自分が死ぬ痛みも味わいたくないよ。
四回目……だったかな。繰り返しているのが分かって、死の恐怖から一時おかしくなったこともあった。今はパニックになることがなくなっただけ、怖くなくなったわけじゃないもの。
「こんな時はガルドを気にせずパーッと使おう」
過去の経験からガルドが不足して食べ物も買えなくなったのは、攻略組がいなくなってからだもん。ガルドが手に入らなくなった時には戦える人がいなくなってゲームオーバー。その時までガルドを節約したって意味なんかないものね! うん。
「だから使っちゃうのだ」
フェイスマスク、使い捨てのホットアイマスク、それにリラックス効果のあるお香セットを購入しちゃった。
ベッドに寝転がり、ホットアイマスクの暖かさに思わず頬が緩む。
「明日まではまだいいんだけど……」
クラス会議に参加しなかった松井くん以外の24人は『協定』を結んだの。
ゲーム初日、クラスを引っ張る双璧の一人である全国大会常連の神崎くんがダンジョンへ向かう人を募った。
彼の提案に対し、もう一人の双璧である生徒会長の榊くんが「晴斗(神崎くんの名前)はともかく、「降臨」を引いた者じゃないと無理だ」とすかさず苦言を呈す。「降臨」は英雄に身をゆだね戦ってくれることもできるし、強力な遠距離系の魔法や特殊能力があればモンスターに近寄らせることなく殲滅することだってできるの。一方、神崎くんのように「神器」の場合は、武器とそれ以外があるのだけど、どれも自分の力で振るわないといけないわ。
「神器」の中で戦いに向いたものは武器なのだけど、弓を持っていても矢を引いて中てることができなきゃダメ。自分に殺意を向けてくるモンスターに初めて会って、となると弓道部でも中てることは難しいんじゃないかな。神崎くんだって同じことなんだけど、彼は普通じゃないから。何度目かの時に彼らについて行ったことがあったが、神崎くんは初回でも私たちを護りながらモンスターを倒していった規格外なのよ。
今回は初めて松井くんが生存したから、初回と同じように振舞うことを決めていたので、私は「行きたい」と手を挙げることもなかったわ。
結局、榊くんの提案通り「降臨」を引いた榊くんを含む四人と規格外の神崎くんの五人でダンジョンに向かった。
ここは五人で向かうのが正解だと思っている。怪我人も死人も出ないから……。
八回目だったかな? 全員で見学に向かうことになった回は悲惨だった。もう思い出したくもないよ。
それで、5人全員無事に戻ってきた後、神崎くんがクラス会議を開いたの。
ダンジョンに向かう攻略組が稼いだガルドはみんなで均等に分けたい、って。
彼は続ける。もちろん、賛同する人だけでよいと。賛同する人だけで協定を結びたい、と。
その代わり、協定を結んだ人全員、どのようなガチャを引いたのか協定を結んだ人全員に共有することを条件にしたの。
初回でも思ったけど、神崎くんって物語の主人公みたいだよね。
聖人のような提案だけど、それだけじゃない。ゲーム的な世界なら「戦い」だけが攻略の決め手になるわけじゃないとの考えもあったからだよね、神崎くん。
事実、私は戦えないけど「再起の杖」の力で「体を元の状態に戻す」ことができる。対象の範囲は体全体で、戻す時間は最大でゲームスタート時まで。
腕を失ったとしても腕を失う前の時間まで戻せば、元に戻る仕組みよ。
みんなに向けては分かりやすく死んでさえいなければどんな怪我も癒すことができるって説明した。
他にも戦闘向けじゃない『神器』を引いた人はバフ系の薬を調合したり、鍛冶や合成などゲームをサポートする様々な力を持っていたの。
「もちつもたれつ……って分かっていてもなかなか……ね」
神崎くんの提案にクラス会議に出席していた24人全員が賛同した。
だけど、松井くん以外の全員が協定に参加するのは明日まで。どうにかして協定から抜ける人を止めようと動いたこともあったけど、ひどくなることはあれど好転することはなかったわ。
松井くんがその場にいたら、どうしただろう。
「うーん、たぶん、俯いたままいつの間にか協定に参加しているかな」
その時の彼の様子が目に浮かび、くすりときちゃった。
松井くん、一体どこに行っちゃたんだろう。松井くんがどんな人なのか、って分からないけど、少なくとも自暴自棄になってダンジョンに飛び込むような人じゃないと確信している。発言も少なく、いつも謙虚で控え目な彼は慎重な方だと思うの。そんな彼がダンジョンに向かったのだから、無策ではないはずだ。
「真理」はシステム的な能力を持つことが多い。ダンジョンに向かおうと思う能力……うーん、一時停止とかセーブ&ロードとか?