第66話 くああ!
100階までエレベーターで進むとなると結構な時間がかかるのはご存じの通り。マーモたちがいるとはいえ、ぬいぐるみみたいなものなのでノーカウントである。
つまり、グルゲルと二人きりで気まずい。彼に何か言わなきゃいけないことがあった気がするんだが、何だっけ。それとは別に彼女へ聞きたいことならある。
「あー、オマエのことだから、今『世界の書』の話をしようってんだろうが、戻ってからにしようぜ」
「あ、そ、そうだな。ここじゃ落ち着いて会話できないし」
「おう、オマエの部屋に行くわ、寝て起きてからな」
「それでお願い」
そうだった。彼女に世界の書のことを語るって約束があったんだ。またすぐ忘れそうだけど訪ねて来てくれるなら忘れても問題なし。
話は終わりとばかりにその場であぐらをかき、くああっと欠伸をするグルゲル。
「榊君……ウプサラたちを100階から先に案内してたんだよね?」
「そうだぜ。あいつらには先に進んでもらいたいからな」
「それなら一緒に行けばいいのに」
「面倒だ。あいつらといると息がつまる。ま、オマエと行くならいいぜ。老師やミレイもいるし、戦力的には変わらんだろ」
マーモやミレイはSSRのレア度に恥じない素晴らしい能力を持っている。だが、俺という足を引っ張る存在がいるから、榊君たちの方が戦力的に全然上だろ。
いや、というより……。
「他は要らなくないか? グルゲル単独で攻略に支障はないだろ、むしろ、グルゲルがいなきゃ、ウプサラたちもまたいずれトラップで攻略が止まるんじゃ?」
「より深層に行けばオレじゃ歯が立たねえモンスターがいるかもしれねえ」
「なるほどな。ほんとグルゲルって優しい奴だな」
「んなわけねえ。オレが善人なら、ウプサラたちに同行しているぜ」
グルゲルの性格からして、リーシアとそりが合わないってだけじゃ同行を拒否するまでいかない気がするんだよなあ。たとえば英雄が三人以上になるとお互いの能力が減衰するとか? 何らかのデバフ効果があるのかもしれない。
人数的な問題だったら、アグニとグルゲルか、ウプサラとグルゲルのコンビで進めばいいのに。
……アグニはアレだから無理か。ウプサラはリーシアがいるからなあ。
そんなこんなでグルゲルが取った手はソロなのだが、彼女なら走る速度も乗れる羊並だし、攻略組より断然速く進むことができる。
もっともっと先の階層に到達していてもおかしくないのだが、それもしない。
不思議に思っていたのだが、彼女の「オレじゃ歯が立たねえモンスターがいるかも」の発言で予想がついた。
グルゲル本来は多少の危険を顧みず進むはず。もっと言えば、リスクがスリルで楽しみさえ覚えるんじゃないかと思う。
今のグルゲルの至上命題は高山さんの精神を元に戻すこと。ならばこそ、彼女の肉体は無事であらねばならない。
事情は分からんが、リーシア・ウプサラ組とは一緒に行動できない事情がある。となると、彼らに先行させ、彼らでも進むことができると分かってから進むのが最も安全に進むことができる。ウプサラたちの戦闘能力はグルゲルより高いらしいが指針にはなるものな。
個人的にはグルゲルが最もダンジョンを進む能力に長けていると思う。戦闘だってまともに戦わず、彼女なら忍び足が無効でも奇襲ができそうだし。
一人にまにまと考えていたら、グルゲルが下からどこのヤンキーだよって感じで見上げてくる。
本来の彼なら怖いのだろうけど、高山さんの顔じゃ全然怖くない。睨んでいるのだろうけど、困った美少女に見える。
「な、なにかな?」
「オマエのことだ。100階の続きから進むってわけじゃねえだろ」
「俺なりにこの先進むにはって色々検討してるんだ。トラップが怖すぎるからびくびくして進めない」
「ふうん、一番前を進みてえってんだな」
「断じて違う!」
「カカカカ、ウプサラの後なら罠がねえことはわかるじゃねえか。だが、罠をってなるとそういうことだろ」
攻略組がどこまで進んだのかなんて知らんし、今後知ろうとも思ってない。ぼっちとは他人の動向に気を払うものではないのだ。
情報を得るために榊君たちにいちいち聞きに行くとかありえんだろ。
嬉しそうに笑うグルゲルにそっぽを向け、憮然としていたらようやくエレベーターが100階についた。
◇◇◇
さてさて、100階に到着したらまずお仲間を出すことから始めよう。
マーモとミレイは既に出現済み、忍ぶ者によって得た「心の壁」の効果を思い知るがよい。
「出でよ、『器用なカラス』」
忘れそうになっていたが、器用なカラスは宝箱の罠を外したりできるとイルカが言っていた。
おいでましたカラスは見た目完全にどこにでもいるカラス……いや、クチバシの色が鮮やかな黄色だ。
マガモのような黄色のクチバシ。案外違和感がない。
「くあ」
出現した器用なカラスはやる気無さそうに鳴く。こいつ……なんかイルカと同じ気配がする。いやいや、きっと仕事はちゃんとこなしてくれるはずだ。
一方でグルゲルが指先を震わし、丸い目を大きく見開き驚愕しているではないか。
「お、この気配……クアーロじゃねえのか!」
「グルゲルのペットだったカラスとか?」
「おう、相棒だった。クアーロまでいるとは、どうなってんだディープダンジョンってやつは」
「俺に言われても……ええとカラスのクアーロは宝箱の罠を外せるの?」
俺の質問に対し、グルゲルが腕を組み顎を斜めにする。
「まあ、できんじゃねえの? こいつにはいろいろ仕込んだからな。そこの罠も試してみろ」
「まさにそこの罠が感知? 発見? できるのか、解除できるのかを試したかったんだ」
「それなりに発見できるはずだぜ。それにしても、ガチャ? だったか、クアーロはオマエにすっかりなついている」
「そうかなあ……」
カラスのクアーロの前でしゃがみ込み、手を伸ばす。
「くああ!」
カラスのクアーロがめっちゃ威嚇してくるんだけど……。