第64話 ささやき、いのり、えいしょう、ねんじろ
「山岸さん、イメージしたものなら何でも出せるんだよね?」
「うんー、すぐ消えちゃうけど。もっても数分だよー」
「ほおほお、数分あれば試せる」
「何を出したいのー?」
出してもらいたいものは決まっている。彼にお願いしようと口を開き発声しようとした時に自分の考えのほころびに気が付いた。
ぽかーんと口を開いたままのまぬけな俺へ向け彼が俺の顔の前で手をひらひらさせる。
「おーい、松井くーん」
「あ、あの、ええと、出してもらいたいものがあるんだけど」
「言ってみて、言ってみてー」
「いや、具体的な写真とかそういうのがなくて」
渋る俺に対し、彼が俺の両肩を両手で掴み前後にゆすってきた。がっくんがっくん首が動くまま、されるままになる俺。
「あー、えー、神殿なんだけど、イメージもなくてだな」
「分かったー。神殿だねえ」
膝立ちになり両手を胸の前で組んで大きな猫のような目をつぶる山岸さん。
「行くよお」
可愛らしい掛け声があったが何ら変化がない。
「松井くん、後ろ後ろ」
「ふあ、おおおお、お?」
山岸さんの『妄想現実』は音もなく創造したものが実体化する。それがどれほど大きなものであっても。
確かに彼の創造したものはあった。し、しかしだな……。
「これ、どう見ても神殿じゃないですがな」
思わず変な口調で突っ込みを入れてしまった。
勉強机くらいの大きさがある木製の箱っぽい物品。建物というほどは大きくない。
明るい色の木材で作られていて、奥側は欄間付きで、奥の中央には金色のお札が置かれている。
手前左右に小さな花瓶があって、葉っぱが入っていた。
そうだよ、これ、神棚だよ。古のオフィスには飾っていたとか何とか聞いたことがある。
彼がせっかく出してくれたので神殿じゃあなかったけど、めげずにイルカに尋ねてみた。
「イルカ、転職はどうすればいい?」
「ささやき、えいしょう、いのり、ねんじよ」
まともに回答する気がないだろ、こいつ。神棚だから真面目に答えないのかもしれん。それならそうと言ってくれよ。
ん、なんかコマンドにビックリマークが出て点滅しているところがあるぞ。
≪転職可能なレベルに到達しています。転職しますか?≫
「な、なんだとおお。転職可能! 神棚なのに」
「どうしたの?」
山田さんが背伸びして覗き込んでくるが、俺のシステムビューが彼女に見えるわけもなく、あと、近い、近いから。
「コマンドに転職が出ているよ、山田さんも見てみて」
「うんー、お、おお。本当だ」
「ボクはレベルが足りないみたい」
レベルいくつで転職可能かは分からないけど、転職条件を満たしているのならGO以外ありえないだろ。
少なくとも職なしよりは攻略の役に立つ。
「ええ、どれどれ」
≪|職業≪クラス≫を選択してください
倉庫番
自宅警備員
ソロキャンパー
忍ぶ者
隠者
……≫
「何この職業のリスト……悪意しか感じねえ。イルカ、どうなってんのこれ?」
「あなたにピッタリなクラスが選ばれています」
「他のクラスって選べないの?」
「一度転職すれば別のクラスも出てくることもあります」
イルカの言葉に嘘はないことはこれまでの発言から分かっている。これまでの経験とか性格や性質? で選ばれる初期職業が決まるぽい。
なんかこう、全部ぼっち属性が強く、強そうなものが一つたりともないぞ。
さて、ここで思い出してみよう。今のところ俺にはマーモとミレイがいる。ミレイのバフとマーモの火力でモンスターと戦うことについては今のところ問題ない。
モンスター名称の表示が赤色のツインヘッドドラゴンでも倒すことができたくらいだから。
とはいえ、間一髪だったことはいなめず、今後レベルマックスまで上げても赤色のモンスターが出てくることも予想される。
赤色ってのは一番危険な表示色で少し危険でもとても危険でも同じ赤色だ。何が言いたいかというと赤色表示に上限はない。
全くついて行けない速度域や回避しようのない攻撃をしてくるモンスターに対処できるのかどうかは不明。まあ、見てもいないものを心配しても仕方ないから、この際モンスターへの対処という件は考えないでおく。
モンスターの脅威以上に切羽詰まった問題は罠だ。罠に対処するために『罠発見』スキルを習得し、11階にいる。
罠発見は触れなきゃ発見できないので、グルゲルのような感知系のスキルが欲しいところ。もう一つの手としては、感知能力を持つ魔獣を連れて行くことだ。
既にマーモとミレイが必須となっているため、三体連れて歩くことができるようになる職業があれば罠への対処が可能。
感知系習得か、連れて歩くことのできる魔獣の増加か、どちらかを達成できそうな職業は……。
「う、うーん。動物系な職業はなさそうだなあ。忍ぶ者か隠者のどっちかが一番可能性が高そうだ、イルカ、忍ぶ者と隠者の特性を教えてくれ」
「ささやき、えいしょう、いのり、ねんじよ」
「転職しないと、情報が解除されない?」
「イクザクトリー(その通り)」
でたらめに言ったのに正解を引いたらしい。ってことは転職してみたら、どんな職なのか分かるってことだな。
特段デメリットはなく、転職した後もまた転職できるっぽいから、レッツ転職。
いや、デメリットの可能性はあるか。転職するとレベルが1になるかもしれない。だけど、2日ほどひたすらモンスターを狩ればすぐにレベルがあがるはず。
さてさて、どっちにしようかなあ。忍ぶ者は忍者に字面は似ているが、全然違うよな。忍ぶとは人目につかないようにすることだったと思う。
まさに俺のことじゃないか。ぼっち万歳。
もう一方の隠者は隠れるという字があるが、隠れる者って意味じゃあない。
隠者は一般社会との関係を絶ち、生活する人のこと。仙人みたいなものである。
「結論、忍ぶ者にしよう。忍びの者との誤字かもしれんし」
≪『忍ぶ者』を選択しますか? はい/いいえ≫
YES、YES、YES。
≪ささやき、いのり、えいしょう、ねんじろ……『忍ぶ者』に転職しました≫
さてさて、どうなる?