第63話 創造の可能性は無限大
「あ、二人ともボクのことは『藍ちゃん』てよんでくれるとうれしいー」
余りに唐突過ぎて俺でも話を逸らそうとしたことが分かるわ。
さすがの彼女も恥ずかしかったのか、自分の手で自分を顔をあおいでいる。
「うん、藍ちゃんって呼ぶね」
「わーい、ありがとー」
きゃっきゃしている二人にホッとする俺であった。とりあえず、場はうまくおさまった様子。
すっかり俺の手が離れたと油断してマーモの口元と前足を濡れた布でふきふきしようとしてたら、山岸さんからお声がかかる。
「松井くん、ユーは何しにここへ?」
「宝箱を開けたりしようかなって」
「おー、先に進むために11階に戻ってるんだー」
「そ、そうなんだよ」
彼女も山田さんと同じく察しが良くて助かるぜ。彼女は俺が先へ先へ進んでいることを知っている(100階まで到達していることまで知っているかは分からないが)。
突然話を振られたが無難に乗り切ったぞ、さすがコミュ力の塊の俺である。
……何やら山岸さんがアヒル口で待っているぞ。何となく分かったが、俺が言うの? 山田さん代わりに何とかして……くれなさそう。
山田さんはにこにこして俺と彼女の様子を見守っている。
し、仕方ない。言うしかないか。
「や、山岸さん、は何しにここへ?」
「よくぞ聞いてくれたー。でもでも、松井くん、ちょっと硬いゾ」
「あ、う、うん」
「同性なんだから、そんなに緊張しなくてもいいんだぞー」
ん、同性? 山田さんはすぐそこにいるが。
しかし、山岸さんは自分、続いて俺を交互に指さしにんまりする。
いやいやいや、どこからどう見ても女子生徒にしか見ないってば。スレンダーで天真爛漫な猫のような可愛さを持つ彼女が俺と同性だなんてあり得ない。
大混乱な俺に山田さんが助け舟を出してくれた。
「松井くん、我が校は男女共に好きに制服を選べるの」
「中学の時もあったよ。女子がスカートとズボンを選択できるあれだよね」
「男の子もズボンとスカートを選べるのよ」
「……いや、それ、山岸さんの説明になってる?」
どうやらなっているらしい。山岸さんは「教室で着ていた服そのままだよー」とか言っている。
「山岸さんが転移前からその制服を着ていたことは分かったけど……」
彼女が俺と同性の説明にはなってねえええええ!
と叫びたかったが、できないのが俺である。
「ほら、胸だってぺったんこだよー」
「ちょ」
俺の手を掴んで自分の胸に当てようとしたから、慌てて手を引いた。
も、もう分かったから、許して。
「はあい、ここまでえ」と彼女……いや、彼がパンパンと柏を打つ。
「ボクが何しにここへ? だったよね」
「あ、はあい」
別に聞きたいわけじゃなかったんだけど、聞いてくれ圧が強くて。なので正直、彼が何をしにとか興味がない。
さすがの俺でも口に出して言わないけどね。言ったら怒られはしないだろうけど、変な絡みがマシマシになりそうで。
構わず彼が続ける。
「ボクもキミを見習ってディープダンジョンを進んでいたんだよー」
「忍び足を習得して、順番に1階から進んでいたの?」
「そうだよー。最初はトンカチを持っていたんだけど、ペーパーゴーレムがなかなか倒せなくて」
「おや、山岸さんは武器を持ってなかったの?」
まさかの真理持ちか? 俺以外にいないのかもと戦々恐々としていたのだが、こんなところに真理持ちが。
期待と裏腹に腕まくりの仕草をした彼が右手を開き、手の甲をこちらに向ける。
彼のほっそりとした薬指には引き込まれそうな透き通った紫色の宝石がはめ込まれた指輪が装着されていた。
「えへへー。これだよー」
「え、えっと、その指輪が神器とか?」
「せいかーい。ご褒美に抱きしめていいよー」
「え、遠慮しとくよ……ど、どんな神器なのかな?」
残念、真理ではなく神器だったようだ。彼のノリは俺には辛いものがある。
早く会話を切り上げて、この場から立ち去りたい。そう思っていた時が俺にもありました。
ところがまさかまさかの展開に驚くことになるのだ。
「これは『夢見のリング』。ボクの想像を現実にしてくれる素敵な力を持っているんだよー」
「ええと、想像した剣を創造して、モンスターを倒してきた、とか?」
「そんな感じだよー」
「ほほおう、それは面白そうだ」
山岸さんの持つ「夢見のリング」は俺の中二心をかきたてる素敵すぎる逸品だった。
夢見のリングの持つ能力は「妄想現実」というもので、頭の中で想像した事象を再現する。
「食べることはできないけど」
彼の手のひらに蛍光黄緑のリンゴが出現した。反対側の指先をくいくいっとすると、リンゴが忽然と姿を消す。
「お、おお、すげえ」
「おもしろいね!」
俺と山田さんの言葉が重なる。
ぐいぐい。
そんな俺のズボンを爪で引っ掻くはマーモであった。
リンゴね、リンゴ見たからリンゴが欲しいんだよな。ほら、リンゴだぞお。
『しゃりしゃりしゃり』
マーモの腹減りの速さは尋常じゃないのだ。ずっと食べてる気がする。
さすがにそれは言い過ぎか。
俺がマーモと戯れている間に山岸さんと山田さんの会話が弾んでいる。
「ナイフとか作ってモンスターを倒しちゃうの?」
「ボクも最初はそう思ったんだけど、力もないし、創造で作った武器を使うなら、自販機か宝箱のものの方がいいよー。消えないしー」
「お、ってことは別の方法があるんだなー。このこのー」
「えへへー。創造は一瞬の輝き」
「ジュエリーみたいだー」
「見てみたい?」
「うんうん!」
ダ、ダメだ、キラキラし過ぎて聞いていられない。どうしよう、こんな時はマーモットのまぬけ面を見るに限る。
ふう、落ち着いてきたぜ。
フォン。
そんな俺の目の前を火の玉が横切り、壁にぶち当たって消えた。
「ご、ごめんー。松井くん」
「あ、いや、これ」
「モンスターを倒した『創造』だよ」
「すげえ、創造は何も武器に限ったことじゃないから、魔法やブレスとかもいけるのか」
創造魔法とでも呼ぼうか。創造魔法の威力がどんなものか分からないけど、少なくとも11階までのモンスターを倒すことができて、彼はここにいる。
ん、待てよ。創造の可能性は無限大だ……ってことは。