第62話 新たなクラスメイトにエンカウント
「他には今のところ聞きたいことはないかな」
「え、もういいの?」
あれ? って感じで山田さんが鳩に豆鉄砲といった感じになっている。
正直なところ、他にも聞きたいことは色々ある。だけど、俺にとって雑音になると思ったんだよね。
これまでの回で一番深く潜った階層はどこまで? とか。
攻略組が進めなくなった回は何が要因で進めなくなったのか? とか。
嫌らしいディープダンジョンには先入観が仇になりそうでさ。
「私がいるから他に情報など要らないと、賢明な判断です」
「聞いてないから!」
イルカがここぞとばかり主張してきた。忘れがちであるが、常にイルカは視界に入っている。
「常に」だから意識しなくなるんだよな。呼んだら出現する、とかなら出てきた時には注目するんだろうけど。
「松井くんにはイルカさんがいるんだったね!」
突如叫んだ俺に対しても山田さんは優しい。独り言じゃなくイルカと喋っていると即座に判断するのってなかなかできないことだと思う。
「イルカは誰がどんな神器を持っているとか、ゲームの仕様以外のところを知ることはできないからね」
「神殿の情報ならディープダンジョンの仕様? なんじゃ?」
「知らないみたいだから、山田さんに聞いてみたんだ」
「それは君の目で確かめてくれよな」
俺の言葉にイルカが被せてくる。余計な時だけ勝手に突っ込んでくるんだよな、こいつ。
『ブドウを寄越すモ』
「お、食べ終わったんだな」
ちょうど話が途切れたところで一心不乱に梨を種ごとしゃりしゃりしていたマーモの食事が完了したようだ。
流れるようにおかわりを求めるマーモはブレない。
「羊の上で食べて」
「松井くん、(マーモを)抱っこしていい?」
「もちろん、助かるよ」
ブドウを房ごとマーモに持たせ、羊に乗り込む俺たちであった。
◇◇◇
三つ目の宝箱を開け、撤収しようとしたところで緊急事態発生。
エンカウントです、エンカウントです。エマージェンシー、エマージェンシー。
モンスターではないぞ。11階のモンスターでピンチに陥ることはあり得ないのだ。忍び足が有効だし、倒したければ後ろからバールでバチコーンとすれば一撃でたおすことができるからね。
んじゃ、何が緊急事態なんだよ、って話なのだが、他のクラスメイトにエンカウントした。
幸い山田さんがいるので、彼女の後ろに隠れるという必殺技を使うことができたので何とかなる。
いや、いきなりクラスメイトになんぞとエンカウントしたら戸惑うだろ。これが知らない人だったら、手でもあげて会釈し通り過ぎればいい。
しかし、クラスメイトとなるとそうはいかんだろ。正直、名前も分からんのだが、クラスメイトだから知ってないといけないんだよな、きっと。
ああああ、面倒だ。
何度もになるが、いきなりエンカウントしたグルゲルは別。知らない同士だったからね。それに彼女はゲームのキャラクターみたいだってところもあった。
今目の前にいるのはまがりなりにも制服を着た女子生徒である。
服は自由に注文できるのに山田さんもこの子も制服を着ていた。グルゲルと違ってうちの高校の制服を、だ。
エンカウントした女子生徒は猫っぽい印象を受ける顔をした肩口ほどの長さの髪で山田さんより少しだけ背が高い。
山田さんは多分女子の平均身長より少し低いくらいなので、今エンカウントした女子生徒が平均身長くらいじゃないかな?
俺は男子の平均身長くらいなので、彼女よりは長身になる。そういや、グルゲルが入っている高山さんは俺と同じくらいの背丈だったと思う。
俺たちと……いや山田さんと目があった彼女は右手の指先を眉の上に当て、片目をつぶる。
「やっほー、ひまりちゃんー」
「山岸くん、こんなところで会うなんて。ダンジョンを進んでたんだね」
「そうだよー。お、噂の松井くんも一緒だったんだねー。デート中じゃましちゃった?」
「あはは。いつも面白いね、山岸くんは」
ん、山岸「くん」だと? 山田さんが「くん」付けで呼ぶのって男の子だけだったような。
ま、まあ、本人がそう呼んで欲しいと申し出ていたのかも? とにもかくにも、俺の名前を記憶しているなのて驚きだ。
かなり気が進まないが、挨拶されたからには挨拶を返さないといけない。いや、別に山田さんが彼女とやり取りしてくれてるから黙っててもいいや。
「松井くんー」
「あ、うあ?」
油断していたら山岸さんが両手を腰にあて、膝を少しかがめて見上げてきた。
いつの間にこんな近くまで。当たり前であるが、突然声をかけられたら、「あ」とか「う」としか返せない。
彼女は俺の挙動不審な動きにも気にした様子はなく、猫のような目を細めてアヒル口になりコロコロ笑う。
「松井くん、1階のことや『忍び足』のこと、さんきゅーね」
「う、うん」
「ねね、松井くん、羊さんとかこの可愛い子は?」
「可愛い子って? 山田さんとは山岸さんと元々友達だよね?」
何言ってんだ、彼女は。
「山田さんが可愛いのは分かる! そうじゃなくって、この子、この子」
「え、マーモかよ」
マーモは俺の足元でもっしゃもっしゃとみかんを皮ごと食べている。果汁はボタボタと彼の口元から垂れていることは言うまでもない。
山岸さんも山田さんもマーモットのどこを見て可愛いと思うのだろうか?
ちょんちょん。
「ん?」
「山田さん、ほっといたらダメだよー」
む、むむ。山田さんが真っ赤になって俯いておる。
「あ……」
さすがの鈍い俺でも気が付いたよ。いつもながらの空気が全く読めない発言だったわけだが、本人の前で「可愛い」はいけなかった。
「も、もう、松井くん、冗談は真顔で言っちゃあダメだよ」
「あ、いや、う、うん」
ぷるぷるしながら恥ずかしがる山田さん。
この慣れない空気を何とかする術を俺は知らない。そこに救世主現る。