第56話 イルカマイスター
イルカマイスター2級の俺にかかれば不可解な状況でもすぐに打開できるのさ。
え、ええい、うっとおしい。
一度回れば意味は分かるってのに止めるまで周回する気か? イルカの奴。
「要は『世界の書 その1』がイルカにインストールされたってことだろ?」
「YES、YES、YSE」
最後、綴りが違う気がするが、気のせいだろ。
「イルカがいないグルゲルはどうなるの?」
「スマートフォンに表示されます」
「イルカの場合だと聞かないといけないじゃない? スマートフォンだったら順番に全部読んでいくことができるよな」
「イルカの方が素晴らしいに決まっております。何か文句があるんですか?」
ここで「ある」とか答えるとどうなるかはさすがにもう理解している。
イルカが取り込んでしまったのなら、奴から情報を引き出すしかないのだ。
イルカマイスターの俺からすれば……以下略。
「世界の書ってどんなことが語られていたの?」
「曖昧な質問ですね。その名の通り、世界について少しだけ語られています」
「世界ってのはディープダンジョンのダンジョンのこと?」
「はい、そのようなものです」
ダンジョンの成り立ちとか聞いてもなあ、興味ないぜ。
「クリアの方法とか乗ってなかった?」
「ありません、誰でもクリアできますできます」
クリア情報は無し、と。
誰でもクリアできるのは分かったから、何をもってクリアになるのか教えてもらえないだろうか。
俺が人生からログアウトすることをクリアとか言ってねえだろうな、こいつ。そういう意味なら誰でもクリア(死亡エンド)できるわ!
「『世界の書』の話はこれで終わり」
「ディープダンジョンは世界を凝縮したダンジョンです、神器、英雄、モンスターなど、その世界所縁のもので溢れています」
「え、いや、もういいんだけど……」
「では自動販売機はどうなんだって思いましたか? それはあなたがたプレイヤーの記憶から準備されています」
だからもういいんだってば。何やらまだ語っているが、世界の成り立ちとか特に興味はないのだ。
興味があるのは、どうすりゃ帰還できるってこと。
ピンポーン
呼び出し音にびくっと肩があがる。
すっかり忘れていたけど、山田さんがご飯を何とか言ってたな。
ガチャリと扉を開けると、山田さんだけじゃなく吉田君も立っていた。吉田君の表情がぎこちないものからホッとしたものに変わる。
俺は今でこそ山田さん限定であるが、きょどることが減ってきたものの、他の女子と二人きりとか気まずくて仕方ない。
なので、彼の気持ちは痛いほど分かるぞ。
いやいや、グルゲルとは山田さん以上に普通に接しているじゃないかって?
確かにグルゲルとは山田さん以上に、というか他の誰よりも自然体で接することができる。
中身が男だからってわけだけじゃなく、何でだろう。別世界の人だから非現実感があり、ゲーム的に接しているからかもしれない。
「松井君、僕からは一言だけなんだ」
口火を切ったのは吉田君からだった。
「わざわざ来てくれてありがとう」
俺がお礼を言うと、吉田君は「ううん」と首を振り、話を続ける。
「鈴木君が戻ってきたんだ。松井君が鈴木君を探してくれているって聞いて……危険な中、本当にありがとう」
「おお、気になっていたんだよ。鈴木君は何階から帰ったんだろ」
「95階? だったと思う。95階から戻ったと言いつつ108階まで一度進んだことを強調していたよ」
「お、おお。良い情報だ! 助かるよ」
鈴木君が無事帰還したことはもちろん朗報だ。
彼は俺にとって有益な情報をもたらしてくれた。一つは108階まで致命的な罠はなく、進むことができること。もう一つは嫌な事実であるが、105階にエレベーターが存在しないことである。
110階で何らかのイベントが待ち構えているんではないだろうか? エレベーターがあるだけなら良い。しかし、罠満載のボス部屋だったら嫌だなあ。
いずれにしろ、100階で罠があったことから罠対策をしなきゃ、この先生き残ることはできないよな……。
山田さんたちとの話が終わってからイルカにスキルのことを聞こう。
「あ、そうだ。吉田君、一つお願いしたいことがあって」
「僕にできること……武器かな?」
「そうなんだ。アダマン鉱石ってのを手に入れてさ。こいつを武器に加工してもらえないかって」
「もちろんだよ。強化も最大にすればいいよね」
やったー。吉田君が引き受けてくれたぞお。
これでアダマン鉱石製の武器ゲットだぜ。強化レベルも最高まであげてくれるなんて素晴らしい以外にない。
「強化に素材が必要になるのかな?」
「ヘパイストスの槌以外のことは分からないんだけど、僕が武器を強化する場合は何も必要なかったよ」
「お、おお。アダマン鉱石をトレードするね」
「うん」
無事トレードも完了したら、すぐに吉田君が動いてくれた。
「作ってくるよ、できたらまた呼び鈴を押すね」
「ありがとう、助かるよ!」
そんなこんなで吉田君はパタパタと足早に自室へ戻って行く。
吉田君が行ってから、「あ」と山田さんが反応する。光の速さだったもんな、吉田君。仕方ない仕方ない。
「吉田くん、行っちゃった」
「すぐに戻ってくるんじゃないかな?」
「そうかな?」
「たぶん」
ま、いいか、と切り替えの早い山田さんなのであった。
山田さんを部屋に招き、俺はポットでお湯をわかしつつティーパックを用意する。
その間にも山田さんは持参したバスケットをテーブルに置いていた。
「もうご飯食べちゃったかな?」
「食べたは食べたんだけど、そろそろお腹がすき始めていたんだ」
嘘でもなんでもなく、さっき食べたばかりだと思っていたけど、割にお腹がすいてきている。
軽い食事で済ませたのと、食べてからそれなりに時間が過ぎていたらしい。
起きたてに食べたものは俺にとっては朝食で、お腹一杯まで食べるものでもなく、だったからね。