第54話 重い、思い
ふうふう、来た道は罠がないと分かっているので走ったら、30分もかからず戻ってくることができた。
エレベーターがもっと速く動く仕様ならもっと早く移動できるんだが、無いものねだりしても仕方ない。
ダンジョンから洋館のらせん階段を登るとロビーに出る。
ロビーに出たと途端に「帰ってきた」と山田さんの声がして、彼女だけじゃなく榊君、神崎君、そして湊さんに迎えられた。
俺の帰りを待っている人がいるなんて思ってもみなかったから面食らった。
こんな時は俺からグルゲルに矢面にたってもら……い、いねえ。いつの間に消えたんだよ。
隠密ってやつを使って逃げやがったな。
彼女はこういう面倒ごとを嫌いそうだものなあ。俺も退散したいところだが、四人も目があるとなれば逃げ切れる自信がないぜ。
忍び足はクラスメイトたちには無効なようだし。
唯一幸いだったのは、ミレイをダンジョンから出る前に引っ込めたことくらいか。マーモは山田さんも知っているから出したり引っ込めたりすることもないかなって、そのままにしている。
駆け寄ってきた山田さんがひまわりのような笑顔を浮かべ小さく手を振った。
「おかえり、松井くん」
「最後わがまま言ってごめんね」
ぶんぶんと首を横に振り、彼女が続ける。
「鈴木くんを探しに行ってたんだよね?」
「そそ、残念ながら鈴木君には会うことができなかったよ」
「き、きっと、鈴木くんはひょっこり戻ってくるよ!」
「鈴木君が通っただろうルートは分かったんだ。致命的な罠はなかったから、確実とは言い切れないけど無事だと思う」
落とし穴があって101階に繋がっていたことと101階は四倍の広さになっていたことを彼女に説明する。
ダンジョンへの出口付近で立ったまま山田さんと喋っていたのだが、いつの間にか榊君たちも集まって俺の話を聞いていた。
「ドクロマークなんてあったっけ……」
神崎君がぼそりとつぶやく。彼の声が聞こえた榊君も首を捻っている。
壁の模様を見ながら歩いているわけじゃないもんなあ。俺だって何かあるかもしれないと思って進んでいなきゃ、あれほど目立つドクロマークさえ発見できていなかっただろうな。
話が途切れたところで、改めて榊君から深々と頭を下げられ、逆に恐縮してしまう。
続いて、神崎君から肩を叩かれ礼を述べられた。
「本当にありがとうな、松井」
「いやいや」
短髪ツンツン頭のさわやかイケメンな神崎君には俺でさえ好感を抱いているほどの誰にでも分け隔てなく接することができる人である。
クラスの男子の中でまともに喋ったことがあるのは、ご存じ吉田君と今目の前にいる神崎君の二人だけだった。
俺の所感であるが神崎君はクラス一の人気者で、人懐っこく親しみやすいキャラクターなんだ。俺でえ緊張せずに喋ることができる唯一のクラスメイトという稀有な存在である。
そんな彼に面と向かってお礼を言われるとなんだか照れてしまう。俺の戸惑いに対しても彼は自分の鼻をさすり苦笑する。不思議と彼の仕草で平常心にもどることができた。
「ヒデ(榊)は俺と湊さんをかばって固まってしまってさ。松井が助けてくれなかったら今もそのままだった」
「元に戻してくれたのは山田さんだよ、俺は案内しただけだって」
「はは、松井らしいな。ずっとソロだったらしいじゃないか。山田さんからいろいろ聞いたよ、すげえよ、松井」
「い、いやあ。本当にたまたまだっただけだって」
神崎君に裏はなく、素直に俺がすごいと褒めてくれている。ひそかな憧れの神崎君に言われると照れから耳まで熱くなってしまった。(本日二回目の照れ)
彼と入れ替わるようにして今度は湊さんがじっと俺を見上げてきて、目元に涙を浮かべる。
「松井さん、こ、心からか、感謝いたし、ます、ウプ……榊様が、わたくしたちを庇って」
「い、いや、無事榊君は戻ってきたからこの話はもう無しで……」
重い、重すぎるよ、湊さん。
それだけ中にいるリーシアが重たいんだろうけど。誰だって友人や恋人を失いそうになるとこの世の終わりみたいになってしまう。
だけど、喉元過ぎればなんとやら、無事帰ってきたら案外精神状態は元に戻るものだ(勝手な想像であるが、少なくとも俺はそうなると思う)。
たった一言、会話を交わしただけだが、湊さんは苦手かもしれない。鈴木君よりも。
グルゲルがすたこらさっさと逃げた理由が分かった気がする。
こ、ここはそうだな。
「や、山田さん」
「うん?」
「一旦この場は無事帰ってきたということで締めにしたいのだけど」
「ごめんね、気が回らなくて。松井くん、夜中からずっと動き続けてくれているものね。ご飯、後で届けるね!」
ご飯は別にいいのだが、山田さんに振ればこの場を逃れることができると考えたのは正解だったぜ。
山田さんはいつの間にかマーモを抱っこしていたが、マーモも暴れてないので良しである。
ん、そういや、榊君も湊さんも特にマーモットに注目した様子はないな。
しまった。せっかく解散って時にマーモと目が合った。
『ブドウを寄越すモ』
「戻ったらね、すぐそこだから」
山田さんに抱っこされたまま、マーモからは聞きなれたいつもの要求だったので特に驚くこともない。
彼女も慣れたもので「可愛い」と言いつつ苦笑している。
「お、おおお、マーモットだろ、そいつ。喋るのか!」
「なんか喋るみたい」
「松井のペットか?」
「そそ、詳しくは山田さんからでも聞いて欲しい」
マーモの声に反応し、心底驚いたとひっくり返りそうになる神崎君。
一方で榊君は形のよい細い眉をひそめ、湊さんは我関せずな感じだった。
「松井君、そのペット……魔獣、いや、幻獣は君が使役しているのかな」
「まあ、そんなもんだよ」
あれ、榊君はマーモのことを知らないのか。
もう戻って休む気になっていたので、全て山田さんに押し付ける形になってしまい申し訳ないが、このまま退散させていただく所存である。
すまん、山田さん!