第52話 ドクロの目
リーシアはウプサラと同じ王国出身で裕福ではない家庭で生まれた。しかし彼女は高い魔力を持っていたため、聖教に引き取られる。
聖教は彼女のために高い学費からほぼ貴族しか入学できない王立魔法学園の費用を負担した。。
天才的というわけではなかったが、努力をいとわず卒業後も研鑽した結果、彼女は国一番の魔法使いにまで成長する。
また彼女は敬虔な聖教徒でもあり、大恩ある聖教のために尽くす。
癒しの力に長けていた彼女は多くの怪我人や病に苦しむ臣民を救い、聖女と呼ばれるようになった。
そんな彼女に転機が訪れる。
邪竜が王国を悩ませ、討伐隊としてウプサラが志願した。自らの危険を顧みず民のために尽くす彼には多くの騎士や魔法使いが共に戦うと志願する。
彼女もまたウプサラの討伐隊へと志願し、討伐隊へ参加した。
討伐隊は少数精鋭でだったものの、最終的にはウプサラとリーシアの二人だけにまで数を減らす。
ウプサラと共に行動するうちにリーシアは彼の生きざま、高潔さに惹かれ、深く愛するようになった。
いつしかウプサラの目標が彼女の目標になり、彼の理想が彼女の理想となる。
「極端な人だなあ……」
「それだけウプサラが理想的な人だったってことじゃないかな? 彼の生きざまは聖人を体現したようなものだったから」
「敬虔な信者だったら、理想的な聖人に信仰心を抱く、か」
「リーシアも高潔な人だったと思うんだけど、問題があってね」
言わずとも分かる。それはウプサラだ。
ウプサラがいないなら、彼女もまた榊君に対するウプサラのようにふるまったに違いない。
不幸だったのはウプサラが目の前にいて、挑むべき困難であるダンジョンがある。
邪竜に挑んだ時に似たシチュエーションも重なり、「ウプサラ様と共に」が前に出過ぎた。
「それで今のええと、湊さん? は」
「変な混じり方をしていると思う。湊さんであるのだけど、リーシアの記憶があるような。うまく表現できないな」
「ま、まあ、榊君が一緒なら暴走することも、な、ないよね」
「そこは安心してほしい」
どんな感じで混じっているのか、元の湊さんが分からないから分からないな。
湊さんとリーシアのことから、鈴木君とアグニも混じってるんだろうか?
彼の場合は悪魔合体……ま、まあいいや鈴木君のことは。
「いやいや、まあいいじゃねえ!」
「ど、どうしたんだい?」
「またかよ、マツイ」
「松井くん?」
唐突に頭を抱えて叫んだ俺に榊君、グルゲル、山田さんの声が重なる。
グルゲルが既に回答を述べているが、一応フォローしよう。すまん、コミュニケーションが苦手で。
「ええと、榊君と山田さんは先に戻っておいてもらえるかな? 湊さんと神崎君も心配しているだろうし」
「唐突だね、分かった。後で会おう」
榊君は理由も聞かずに了承してくれた。山田さんも「あとでね」と目配せしてくる。
何ら説明していない彼らからしてみたら、俺の行動は意味不明だっただろうに。
榊君救出と同じでボスがリポップするまでに確かめたいから、急ぎたいんだよ。
「グルゲル、一緒に来て欲しい」
「へいへい、アグニのことだろ?」
「そそ」
「んじゃ、下り階段の方へ向かうぜ」
ここで榊君たちと別れ、俺とグルゲルは一旦99階へ降りる。
◇◇◇
何度考えても鈴木君が戻ってこない理由は100階へ続く階段のトラップしかないんだよな。
榊君は出たところの床トラップ? で固まってしまった。しかし、鈴木君は榊君のように固まっていなかったんだ。
そこから導き出される答えは――。
「グルゲル、ここが横道だよな」
「そうだな」
「横道から100階の出口までまだ階段が半分ほど残ってるだろ」
「わーった、わーった。この先を調べろってんだろ」
ボスがリポップするとトラップも復活してしまう。榊君が固まってしまったトラップがどのあたりで発動するか不明なので、時間には余裕をもって調査したい。
俺たちが解除したトラップは発動しないが、鈴木君がもしトラップにハマッたとしたら前回以前のリポップで元に戻っているはず。
俺たちと同じ時間帯に彼が来ていたとしたらトラップが見えているはずだが、見えていないのでそれは無いと判断したわけだ。
なので、榊君と山田さんには先に帰ってもらったんだよね。
調べ始めてから僅か数秒でグルゲルが俺を手招きする。
彼女に言われる前に俺でも怪しさに気が付いた。壁にさ、ドクロの模様が入ってたんだよ。ドクロの目に当たる部分には穴が開いていて触れると何か起きそうな雰囲気がプンプンしている。
「一応聞くけど、ドクロの目のところに指を入れたらどうなるの?」
「押してみりゃいい、死にはしねえ」
「えええ」
これ、トラップ確定だろ? 嫌がる俺に向け、にたああっと笑みを浮かべたグルゲルがドクロの目の窪みに手を伸ばす。
「面倒くせえ、ほい」
「ちょ、トラップ。あ、ああああああ」
突如浮遊感を覚え、床が、床が、開いていることに気が付く。
しかし、時すでに遅し、哀れ俺は落とし穴にすとーんと吸い込まれる。
ドシン。
「痛っ……!」
「よっと」
グルゲルが落とし穴に飛び込み、俺の隣で華麗に着地した。
長いスカートだから太ももは見えず、ラッキーシーンなんてものはなかったから安心してほしい。
尻もちをついたまま見上げ、前を向く。
真っすぐ先が見えないほどの長い道が続いていて、天井は俺の身長より多少高いくらいか。飛び跳ねたら天井に頭をぶつけるが、歩く分には支障がないかな。
むくりと立ち上がり、パンパンと埃を払う。
「進んでみたい、先行頼める?」
「おう、先に『見て』いいか?」
返事も聞かずにグルゲルがどかりと座り、目をつぶる。
グルゲルが調べてくれている間に……足元にいるマーモと目が合った。
無言でマーモに柿を渡してみる。しゃりしゃりがりがりと種も含めて食べていた。
ミレイにも食べ物を渡したいのだが、まだ「あまーいもの」が見繕えていないんだよねえ。
「待たせたな、行くぜ」
「罠がありそう?」
「恐らくない。まあ、大丈夫だろ」
「ありがとう」
いつものように振り返らず手をひらひらするグルゲルの後に続く。
一歩目で頭をぶつけそうになったのは内緒だぞ。