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第51話 英雄の浸食

「本当にありがとう、松井君」

「あ、いや、うん」

 面と向かってお礼を言われたら照れるってもんじゃないな。俺の人生の中で数えるほどしか経験がない。

 前はいつだっけか……高校一年くらいの時だったと思う。確か、何か落とした生徒がいて「お、落ちたよ」とたどたどしく伝えたんだっけ。

 呆けている間に榊君は右手を胸に当て会釈しグルゲルにお礼を述べているではないか。

「心からの感謝を」

「マツイと同じようにやってくれていいって。オレたちはコウコウセイってやつだろ」

「僕もそっちの方がやりやすいよ。本当にありがとう、高山さん」

「そいつは今引っ込んでるがな」

 グルゲルがばつが悪そうに右手を差し出すと、しかとその手を握りしめ再度感謝を述べる榊君。

 この分だと榊君の中にもグルゲルと同じように人格を持った英雄がいる。その名はウプサラ。

 グルゲルの情報によると、なんかお堅い真面目な人? とか。

 気になったら空気なんて読めない俺は思わず彼に聞いてみる。それ今聞くことじゃないよな、と分かりつつも聞いちゃうんだよな。

「榊君、ええとウプサラが、ええと、何といえばいいのか」

「ウプサラは僕を見守ってくれているんだよ。呼びかけると頭の中だけど出てきてくれる感じだね」

「ふうむ。グルゲルとは随分違うもんだなあ」

「英雄はそれぞれ人格を持っている。ウプサラは彼なりの騎士道に反したら無理にでも止めると言っていたよ」

 基本引っ込んでるけど、我慢できない行動をしようとしたら体の主導権を奪われて阻止されるってこと?

 怖すぎだよ。

 ゾッとした俺の表情を見た榊君はおしゃれメガネを指先で触れ軽い調子で返してくる。

「今までもこれからも僕の意思以外で彼が僕の体を動かすことはないよ。ウプサラは慈愛と献身を美徳としているからね」

「榊君の意思って戦いの時とかかな?」

「晴斗みたいに戦うのは僕には不可能だからね」

「神崎君、どんだけすごいんだ……」

 英雄の力も借りず、俺のように肉体強化を行うこともなく素の体でモンスターと戦ってるんだもんな。普通は萎縮して武器を振るうこともできんって。

「晴斗のことは置いておいて、人格的にもウプサラは僕にとって最高のパートナーなんだよ」

 榊君の正しいと思うことが、ウプサラにとっても理想であればいい関係性を築けるはず。

 ウプサラは普段引っ込んでいて、頼んだ時だけ出てきてくれるのだったら自己主張もないしやりやすいよな。

 ウプサラとの親和性が高い榊君がウプサラを引いたのはたまたまなのか必然なのか判断が難しいところ。

「英雄も色々なんだな。グルゲルはもっと庶民的だった」

「グルゲルはとても優しい英雄だと思うよ」

 へえ、そうなんだ。俺と榊君の目線がグルゲルに向く。

 対する彼はぷいっと横を向いて拗ねた様子である。

 

 一人会話に参加せず様子を見守っていた山田さんは何やら考え込んでいる様子。

「英雄に浸食されるってわけじゃあなかったのね……」

 山田さん、心の声が漏れているって。

 そんな彼女にも榊君は優し気にフォローを入れる。

「英雄もそれぞれだからね、鈴木君のことは分からないけど、グルゲルとリーシアのことなら多少分かるよ」

「そ、そうなんだ、ご、ごめんね」

「謝ることじゃあないさ。助けてくれたお礼というわけでもないけど、僕の分析を聞いてもらえるかな? 山田さんも松井君も英雄を使わずここまで来た猛者だ。よければ僕にディープダンジョンのことを教えて欲しい」

「うん、もちろん!」

 山田さんが俺たちのことをだいたい喋ってくれそうだから、俺は聞いておくだけにしようっと。

 さて、注目の英雄のことをしかと聞こうじゃあないか。

「まずはウプサラから――」

 榊君の説明は分かりやすい。

 榊君の中にいるウプサラは、高潔な騎士という表現が一番ぴったりくる。彼は王国の騎士で邪竜に悩まされる王国を救った救国の英雄だった。

 邪竜を討伐しても天狗にならず、賄賂を嫌い、貧しき民のために寄進をし、自らは清貧になろうとも構わないという無私の人という、まさに英雄物語の主人公って感じの人だったのだと。

 なので、榊君の中に入っても自らを主張せず彼の助けになることには協力し、榊君の意思を尊重している。

 そうはいってもお堅い騎士様なので、弱き者を助けないとか、怪我した人を見捨てるとか、そういった行動を取ろうとすると全力で止める、と榊君に伝えていた。

 その性格は榊君と相性バッチリでうまくやっている。俺だったら、まあ、行動制限されまくってるだろうなあ。

 初日にベッドで眠るなんてもってのほかだろうし。

 お次はグルゲル。グルゲルは榊君の想像が入っている部分があるけど、だいたい合ってるんじゃないかな。その証拠にグルゲルが少し離れたところで耳を塞いでいるんだもの。

 グルゲルの人格は言葉遣いと仕草から納得なのだが、男性だそうだ。

 ウプサラの情報によると、彼は有名なトレジャーハンターで秘境のダンジョンを踏破し、珍しい宝物を持ち帰ったりしていた。他にも義賊ぽいこともしていたんだと。スカウトの腕は折り紙付きで、下手な騎士よりも戦闘能力が高い。さすがに英雄と呼ばれるクラスの近接系には敵わないみたいだけど、超一流のスカウトの特性を持っているから、驚くべき能力だ。

 グルゲルは人の行動を一切制限しない。事実、高山さんがまだ正常だった時は全く手出しせず、行動制限もしていなかった。

 彼女曰く大嫌いなリーシアと行動を共にしていたのだからね。

 今は完全に表に出てきているけど、それも高山さんを元に戻すためにダンジョンへ挑むというものだ。決して彼の欲を満たすものではない。

 榊君がグルゲルは「とても優しい英雄」と言ったことも納得だ。

 最後にリーシアは山田さんが懸念していた英雄に近い性質を持っていた。

 ウプサラは利他の極みである人格者、もう一方のグルゲルは拘りが全くない。つまり、自分を抑えきることができる。

 二人が特殊過ぎるんだよな。

 さて、話をリーシアに戻そう。

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百階で呑気に?ぶんせきはじめるのはマツイてきにどうなのかしら
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