第46話 ツインヘッドドラゴン
「大きい方は……ゲーム的な考えだとボスだと思う。ボスを倒せば罠も無効化されるんじゃないかと」
「でかい方に行くんだな」
グルゲルの提示した二択と俺の考えは少し違う。
大きい影か小さい影のどちらかを目指すのではなく、大きい影を目指すかこのまま元来た道を帰るかの二択だ。
気持ち的には君子危うきに近寄らず、なのだけど、この先を進むことになるなら大きい影に向かう以外は選べない。
俺単独じゃあ、横道の罠を突破不可能だからね。言うまでもないがグルゲルに「もう一度つきあってくれ」なんて言うのは敷居が高すぎて無理無理だよ。
「正面から戦うだけであってほしい」
「カカカ、まともにやったら負けねえって、愉快愉快」
「俺が」ボスには負けない、と自信を持って言い切ったと勘違いしたグルゲルがさも愉快そうに笑う。
そうじゃあないんだけどなあ。降臨の英雄って最強なんだろ? グルゲルで勝てないなら誰も勝てないじゃないか。
彼の勘違いに苦笑いしていると、彼女にポンと肩を叩かれ困ったように肩をすくめ手をひらひらさせる。
「わーってるって。道中罠に警戒しろってんだろ」
返事も聞かず歩き始める彼女を追いかける俺であった。
誤解を解かずとも、結果うまくいきゃいいや。
◇◇◇
道中特に罠はなく、大きな影がハッキリと見えてきた。
まだ射程距離に入っていないらしく、モンスターに動きがない。
「でかいってもんじゃねえだろ!」
つい叫んでしまった。
まだモンスターとの距離は200メートル以上離れていると思う。
しかしだな、ハッキリとその姿が確認できるのだ。
どっしりとした体躯にてらてらと金属光沢を放つ重厚な鱗、二つに分かれた首と頭、長い尾の先にはトゲトゲスパイクが見える。
直立した恐竜のような……二首ドラゴンの姿がそこにあった。
体高は凡そ15メートルといったところ。
『ツインヘッドドラゴン』
表示名からしておどろおどろしい。そして、表示色は真っ赤だ!
少し前の階でレッサードラゴンってやつを見たが、ドラゴンとも出会ってないってのにツインヘッドドラゴンという急激なインフレを見た。
「ふうん、二首か。老師、二首だぜ」
マーモに呼びかけるグルゲルだったが、マーモは何も答えず鼻をひくひくさせている。
「マーモ、二首だって」
『どうでもいいモ。リンゴを寄越すモ』
「みかんならあるぞよ」
『もっしゃもっしゃ』
ブレないマーモであった。こんなビルみたいなドラゴンを前にしても物怖じせずいつも通りなんだもの。
よくこんな恐ろしいのを前にして食事をできるもんだよ。
マーモの咀嚼音だけが響くなか、気だるそうにグルゲルが数十歩ツインヘッドドラゴンに近寄る。
「ここだ。ここから進むと来るぜ」
「巨大なだけに動き出すポイントが遠い、グルゲル、二首のことを知ってそうだったけど、特徴を教えてもらえないかな」
「んー、二首あるくせにブレスはどっちも炎。炎なら見てから回避余裕だぜ。あとは踏みつけと尻尾?」
「炎を見てから回避とか超人かよ! 前足の爪も鋭そうだけど……俺たちには届かないか」
んだんだ、と頷くグルゲル。
グルゲルに聞いた俺がダメだった。炎のブレスなんぞ遅すぎて欠伸が出るわ、って奴に聞いても何も参考にならん。
「マーモ、二首ってどんな攻撃をしてくるの?」
『しゃりしゃりしゃり』
あかん、食べる方に夢中だわ。食べ終わってから話しかけたらおかわりを要求される。
だ、だがしかし、俺にはまだまだ意見を聞く相手がいるのだ。
「ミレイ、あれ(ツインヘッドドラゴン)知ってる?」
「んー、おっきいね☆」
「そ、そうだな……」
「えへへ」
心がふんわりしたが、何ら情報を得ることができなかった。
彼女はまあこんなもんだろうな、とある程度予想していたので俺にダメージはない。
ここで満を持して真打登場である。
「イルカ、ツインヘッドドラゴンの特徴を教えてくれ」
「モンスターの情報は持ち合わせていません」
「えー、役に立たねえ」
「それは君の目で確かめてくれよな」
出たよ、投げやりな決めセリフ。
ボスだから少しでも情報を集めてから挑もうと思っていたら、グルゲルがとんでもないことをのたまう。
「単独で仕留めたいってんだな、いいぜ」
「あ、いや、そんなわけでは」
「老師とミレイはどうすんだ?」
「同行してもらうに決まってる!」
「ほんと慎重だな! さくっと頼むぜ」
「い、いや、待って。俺は|職業≪クラス≫さえ持ってないんだぞ」
「幅を狭めたくないんだな、志が高いこって。しがないスカウトには分からんわ」
いやーん、グルゲルが座りこんでしまったじゃないか。
「あ、危なくなったら助けてくれよ」
「あいあい」
「早く行け」とグルゲルに手でしっしとされた。
頼りにしていたグルゲル無しで行くことになるとは。
「ミレイ、強化の効果はまだ続くのかな?」
「うんー☆ まだ大丈夫ー。おなかすいてないから」
「お、おっけ」
おなかがすいていたら強化の効果が切れるのか。次からはミレイのお食事も持ってくることにしよう。
強化された肉体とマーモの蛍光灯が頼りだ。行くぜ。
『ゴアアアアアアア』
射程距離に入るとさっそく二つの首からそれぞれブレスが一直線に飛んできた。
見える、見えるぞ。ブレスの動きが。
マーモを小脇に抱え、難なくブレスを回避する。距離があるし、感覚と敏捷性も強化されているから案外楽々だった。
「マーモ、じわじわとドラゴンとの距離を詰めていく、回りくどいけどブレスに慣れたい」
『モ』
近くなればなるほどブレスを回避するまでの時間に余裕が無くなる。
さあて喋っている間にも次が来たぞ。
「ほいよっと」
これも軽々と回避する。
ブレスは連射できないようで、10秒間隔くらいで飛んできていた。
100メートルくらいツインヘッドドラゴンへにじり寄ったが、慣らしたことが幸いし体勢を崩すことなく躱すことができている。
彼我の距離が50メートルをきったところで、立ち止まり、ツインヘッドドラゴンの尻尾の様子をチラ見した。