第39話 再びグルゲル
「榊君がどんな状態なのか分からずとも、山田さんなら元に戻せるんじゃ?」
「うん、榊君が動けなくなる前の時間に戻せば元通りよ」
俺が思いついた解決へ向けた一つの手について聞いてみた。予想通り、山田さんの再起の杖であれば榊君を元通りにできる。
「だからといって山田さんが現地に向かうのは……俺が言えた柄じゃないけど、やめておいた方がいいかなって」
「も、もちろん、私一人で行こうなんて思ってないわ……死んだし……」
目が泳ぐ山田さんであった。彼女一人で飛び出して行こうとしないか怖いよ。最後の方は小声過ぎて何を言っているのかわからなかったけど、俺以外の誰かから釘を刺されたとかそんな感じの愚痴じゃないかなって思っている。
「あ、動けないにしても攻略組の二人に榊君を抱えて洋館まで戻ってきてもらえれば」
「二次被害が出なきゃいいんだけど……神崎君たちと話してみなきゃ何とも」
「そ、そうかあ」
「できれば湊さんじゃなくて神崎くんと接触してみる。スマホで連絡取れないから会話するにも訪ねるかロビーで待ち構えるしかないんだよね」
スマートフォンで連絡を取り合うことに慣れたクラスメイトたちにとって、メッセージを送って待ち合わせってのができないのは辛い。
メッセージアプリでやり取りする前の時代は電話で連絡を取り合っていた。それ以前に人たちってどうやって待ち合わせをしていたんだろ?
今の俺たちが電話連絡も取れない環境であるのだが、山田さんの発言から推測するに結構大変な様子。
俺? 俺はまあ、メッセージアプリがあろうがなかろうが変わらないぜ。言わせんな恥ずかしい。
「な、なにか情報が入ったら教えて」
俺も神崎君に会いたいとか、榊君救出作戦に協力させて、なんてことは言わないのが俺クオリティ。
物語の主人公……でなくとも友人ポジのキャラとかでも「俺も協力するよ」などと言うのだろう。
しかし、俺はモブ以下のぼっちである。
いやいや、俺だって協力できそうな可能性が少しでもあるなら申し出るって。何ら役に立たないと判断したから、関わろうとしていないだけなんだ。
榊君が状態異常? になったのは確実にダンジョンの未到達階だから、到達するまで相当な日数を要する。
次に降臨組で不覚をとる場所? モンスター? に俺が太刀打ちできるわけがない。
まあ、そんなわけで何とかしようにも何ともならんってわけなんだよね。
「吉田君、鈴木君のことも何か分かったら教えて欲しい」
「ありがとう。僕も姫たちもダンジョンに入るわけじゃないから鈴木君の様子は分からないけど、戻ったら伝えるよ」
せっかく相談に来てくれた二人には申し訳ないが、何ら成果がなく彼らとの相談が終わった。
彼らと別れた後、もうちょっと言いようがあったんじゃないか、とへこむがコミュ障だから仕方ないと自分に言い聞かせることでこれ以上考えないことにしたのである……。
◇◇◇
吉田君と山田さんとのお茶会があったといえ、俺のやることは変わらねえ。
今日も今日とてダンジョンに向かう。
マーモのために並べたイチゴ以外の果物をリュックに詰めて。ダンジョンに入ったところで、皮をむかなきゃいけない果物をそのまま持ってきていたことに気が付くが、時すでに遅し。マーモにそのまま与えてみようっと。
連れて行く魔獣もいつも通りの乗れる羊とマーモである。
なんかいろいろ魔獣を引いたけど、羊とマーモが鉄板かなって。いまのルーティンワークじゃ難しくなってきたら、他の魔獣も試してもいいかな?
さあてやって参りましたダンジョンのエレベーター前。
『リンゴを寄越すモ』
「マンゴーでいい?」
マンゴーでも良いらしい。羊の上でもっしゃもっしゃマンゴーを食べている。
んじゃ、エレベーターのボタンを押して……突如現れた手が俺の手に重ねられた。
「な、何事!」
「カカカ。驚き過ぎだろ」
アニメぽい女の子の声だってのに、言葉遣いが荒っぽい。
俺はこの声の主を知っている。
降臨を引いた四人のうちの一人、高山瑠衣さん(中身がグルゲル)だ。
前回会った時と同じく、時代遅れの長いスカートのセーラー服を身にまとっている。手持ち武器はヨーヨーではなく、いかつい紫がかった色味の短剣なのも変わらず。
「そ、そろそろ、重ねた手をどけてもらえるかな……」
「中身がオレでも恥ずかしいのか?」
ぶすっとしていると、ようやく手を放してくれた。
うおおおおおおおお。
エレベーターのうるさい声が聞こえてくるも、お互いに無言。特にグルゲルと話すことなんてないからな。
自分の中に引っ込んでしまった高山さんが戻ってきたのだったら、会話したいことはあるが、現在は純度100パーセントグルゲルだし。
黙っていたらグルゲルの方からとんでもないことをのたまってきた。
「他人に興味がないと思っていたが、意外や意外、オマエも同郷思いだったんだな」
「ん? 何のことやら」
「カカカ。口ではってやつか。しかし、いくら老師がいるとはいえオマエ、外せるのか?」
「外す?」
「考えに入れてもなかったのか? オマエはオレ寄りと思ってたんが、仲間のことで熱くなっちまって見えてないのか」
「え、あ、いや」
「しゃあねえ。いいぜ、オレもリーシアならどーでもいいが、ウプサラの離脱は望むところじゃねえ。あれでも戦闘能力はあるからな。恩着せて何か頼むのも良いだろ」
何々、何が起こってるの?
やるだのなんだの、俺は何も言ってないし、意思も示していねえ!
このままなし崩し的に望んでないことをやらされるんじゃないかと、待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待って、何が何やら」
「ん、エレベーターが来たぜ」
進みながら誤解をときゃいいか。
エレベーターに乗り込むと、これまで表示されてなかった階が表示されている。具体的には95階まで表示があったのだ。
グルゲルが95階にまで到達しているからだろうな。
俺には関係ないことなので、自分の最高到達階から続きを進む。
って、何押してんだよ、こいつ!
「95階って」
「あ? オレと100階まで進むのが嫌だってんのか? 心配すんな、邪魔はしねえ。100階まで特になんもねえしな」
「やっと話が見えた。榊君は100階にいるのか。そんで、なんか罠か鍵とかがあってそれをグルゲルが外してくれる、と」
「ご名答ー。分かってんじゃねえか」
カカカカと邪悪に笑うグルゲルに開いた口がふさがらなかった。しかし、彼のもたらす次の情報で考えを改める。