第33話 通常運転だモ
「ああああああ!」
突然叫んだ俺に飄々として掴みどころのなかったセーラー服の女子生徒も眉をピクリとあげる。
「突然だな、おい、どうしたんだ?」
『通常運転だモ』
「いつものことです」
心配する彼女にマーモと聞いてもないのにイルカが続く。
ほんまこいつら、何の脈絡もなく叫んだわけないだろうに。いや、理由があったとしても突然叫ぶのはコミュ障だから仕方ない、仕方ない。
叫ばず落ち着いて彼女に尋ねるのが正解だったんだろうけど、それができていたらぼっちなんてやってないだろうさ。
コホンとわざとらしく場を仕切り直し、改めて彼女に尋ねる。
「ここダンジョンだったよね!」
「今更どうした?」
「マーモが蛍光灯持って戦闘態勢になっているし、ええと……」
「この体はルイのものだ。オレはグルゲル」
「え、ええと、こんなところで立ち話をしていたら巡回するモンスターに襲われる」
「今更過ぎるだろ! 来たらオレが倒してやるよ」
あの身のこなしだもんな。視界から突然消えて首元にナイフを当ててくるとか常識の範囲を超えている。
人間の動きじゃあんなもん無理だ。
レベルアップしたらスピードがあがって、目にもとまらぬ動きができたりするのかいな。
「イルカ、レベルアップしたら俺もルイさんみたいに動くことができるの?」
「マスターはマスターなのでマスターのままです。ランニングでもしたらどうですか?」
「……言い方!」
「分かりやすく表現しました」
目の前にルイさんがいるにも関わらず平気でイルカに問いただすのもいつもの俺である。
そんな俺に対し、彼女は気分を害した様子もなく、ふむとカッコよく顎に指先を当てていた。
「賢者をつれてんのか。こいつは期待の星だな!」
「憎まれ口が過ぎる自称物知りなイルカがいるよ」
「カカカカ。面白いやつだな、オマエ」
「あ、ルイさん、体はルイさんってどういう?」
何が面白いのか彼女はバンバンと俺の背中を叩く。あんな細腕で力あるなこの人。
「言ったまんまだ」
「それじゃあ何のことやらなんで、最初から説明してほしいな、なんて」
キッとにらみつけられ、びくっと肩が跳ねる。
続いてズズいと顔を寄せてきたものだから、もう膝がくがくっすよ。
「いいぜ」
いいのかよ!
心では突っ込んでいたが、声に出てなかった。ま、まあ、語ってくれるらしいんで聞こうじゃないか。
|高山瑠衣≪たかやま るい≫はガチャで降臨を引く。降臨の英雄はグルゲルだった。
グルゲルは瑠衣と彼女の脳内で会話をする。彼女は突然のディープダンジョンに連れてこられたことに多大なる負荷がかかっており、精神的に参っていた。
グルゲルがいたことで多少心は持ち直すも、ダンジョンに入ったことで破綻する。
ストレスに耐えきれなくなった彼女は深い深い心の底に入ってでてこなくなってしまったんだと。
「そんでオレ(グルゲル)が代わりにここから脱出しようと奮闘しているってわけだ」
「ソロじゃないとクリアできないもんなの?」
「知らね。脱出方法は知らん。とりあえず奥に行きゃいいだろってな」
「確か降臨は四人いたんだよね。鈴木君はともかく他の二人と一緒に行動した方が早いんじゃ」
変なことを言ったつもりはないんだが、腕を組んだ彼女がふんと鼻を鳴らす。
「あいつらと一緒に行動? ルイならともかくオレはごめんだね」
「そりが合わないんかな……」
「そうだな、ウプサラはまさしく英雄の中の英雄。高潔でご立派な考えをお持ちだぜ。クソくらえだ」
「も、もう一人は」
ウプサラは正義の味方みたいな英雄だと記憶した。
「もう一人? ウプサラと共に行動していたクソ女か。聖女とか大層な称号を持ってるリーシアとかいう金魚の糞だ」
「そ、そこまで言わなくても」
「あいつには意思がなんもねえ。ウプサラ、ウプサラ、ウプサラだ。オレは自分の考えを持ってねえ奴が正義感を振りかざす奴よりいけ好かねえ」
「あ、はい」
グルゲルもたいがいだが、降臨に選ばれる英雄ってみんなこんな濃いんかいな。
「あいつらと一緒に行動するならまだアグニのがマシだ」
「アグニって鈴木君の引いた英雄だったな」
「あいつは抱えすぎで潰れちまうんじゃねえかと思うが、俺様が全て、俺様が解決してやる、って固い意志を持ってるぜ」
「それ、いいのかよ……」
なんか、全員重いって。もっとこう気楽に焦らず進めばいいじゃないか。
衣食住は全て用意されていて急がずとも困窮することもないのだし。
そこで唐突にポンと肩を叩かれた。何そのにやあとしたいやらしい笑顔は。
「誰かと組む気は今のところねえ。だが、組むとしたらオマエだな」
「お、俺? そんなに戦闘で役に立たねえぞ」
「戦闘ねえ……老師がいるじゃねえか。オレは戦闘があんま得意じゃねえんだよ。オレ一人で行き詰まったら頼むぜ、旦那」
「え、えええ。瑠衣さん、いや、グルゲルさんは何が得意なの?」
「グルゲルでいいぜ。オレはスカウトだ。スカウトが何かってのは賢者に聞いておけ」
その言葉を最後に霞のようにグルゲルが搔き消えた。
「何だったんだ……嵐のような人だったな」
『モ』
かりかりとマーモットが俺のズボンに爪をひっかけてくる。
何かなあと思い周囲を見渡すと……。
「いつの間にかモンスターがいっぱいいるじゃないか!」
『任せるモ』
前方は四体。後方は二体。
マーモットはてこてこと後ろ足で立ったまま進み、ぶおんぶおんと左右に蛍光灯を振るう。
あっという間に全てのモンスターがバラバラになり、光の粒と消えた。
問題は後方!
あ、右、左とモンスターの首が飛び、光に変わった。
グルゲルがやってくれたのだろう。モンスターがきたら「オレがやる」って言ってたものな。
ふう、良かった良かった。
忍び足の判定成功時と違って動いているモンスターは未だに恐怖でしかない。幸い、遠距離攻撃してくるモンスターじゃなかったから事なきを得た。